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2026/07/01 特別インタビュー

<インタビュー>キューバの歌姫モニカ・メサが初来日。 ――私は「演奏する」のではなく、音楽の中に「生きる」。

聞き手 斉藤真紀子(国際インタビュアー)

音楽の盛んな国、キューバから歌手モニカ・メサが2026年10月に初来日する。来日コンサートへの想いを聞いた。インタビューには、今回のツアーの音楽監督であり夫のジョエル・ドミンゲス・カンポス氏も同席した。

ルーツと新しい挑戦、そして最強のパートナーと共に初来日!

――ふだんは多岐にわたるジャンルの音楽で歌っていますが、来日コンサートはどのような楽曲を予定していますか。

モニカ 今回は、みなさんによく知られている人気曲を中心に構成する予定です。キューバ音楽のルーツを感じられる、キューバらしいサウンドをたっぷりお届けしたいと思っています。最新アルバムのオリジナル曲もいくつか演奏する予定ですので、私の新しい音楽にも触れていただけると思います。

ツアーには、私の音楽プロデューサーであり、編曲家、作曲家、マルチ・インストゥルメンタリスト、そして夫でもあるジョエル・ドミンゲス・カンポスがツアーに参加します。キューバだけでなく海外でも活躍し、有名アーティストのアルバムや作品を数多く手がける彼の存在は、私たちのパフォーマンスをさらに魅力的なものにしてくれるでしょう。


――名門楽団のホーベネス・クラシコス・デル・ソン(Jovenes Clasicos del Son)との共演について、どのように感じていますか。

モニカ 今回が初めての共演なので、とても楽しみにしています。私自身の音楽キャリアはセプテート(7人編成の楽団)から始まったので、自分のルーツに立ち返るような特別な感覚もあります。リハーサルや録音で聴いた彼らのサウンドは本当に素晴らしく、その演奏力に圧倒されました。今回の共演が、お互いの音楽を分かち合い、新しい表現をともに生み出していく機会になればうれしいです。

(注)ホーベネス・クラシコス・デル・ソンは7人編成の楽団で、日本ツアーに合わせ、精鋭4人が来日予定。

 

キューバの魂、文化遺産“ソン”のグルーヴ

――キューバの伝統音楽で、サルサの源流ともいわれるソンは2025年にユネスコ無形文化遺産に認定され、世界で注目を集めています。モニカさんはソンを歌うとき、どんなことを感じますか。ソンの魅力について教えてください。

モニカ ソンを歌うことは、キューバの魂や人びとの暮らしを歌うことだと思っています。キューバ人にとってリズムは生活の一部であり、その魅力がソンにはたっぷり詰まっています。このジャンルを代表して歌えることを、とても誇りに感じています。キューバ音楽はシンコペーションが多く、決して簡単ではありませんが、その独特のグルーヴは世界中の人びとをひきつけています。国や文化の違いを越えて、観客の皆さんが音楽に共感してくれるのは、本当にうれしいですね。

 

――キューバらしい、おすすめの曲を教えてください。

モニカ 『Mujer Que Se Respeta(誇り高き女性)』です。「自立した女性は料理なんてしない」と歌う、ユーモラスな楽曲です。マッチョ文化が根強く残る社会のなかで、女性の強さや誇りを軽快に表現しています。

この曲が生まれたのは米国公演中のことでした。携帯電話を契約しに行った際、手続きをしていた女性店員に私が冗談で「早く帰って料理をしなくていいの?」と声をかけたところ、彼女は「何を言っているの? リスペクトされるべき女性は料理なんてしないわ」と即座に返してきました。その言葉があまりにも印象的で、私はすぐにメモを取り、後にこの曲になったのです。


男性優位の世界、そしてソロへの挑戦――



――歌を続けてきたなかで、困難だったことはありますか。どのように乗り越えましたか。

モニカ 最初の大きな壁は、ソンやサルサという男性優位の世界で、女性アーティストとして自分の居場所を築くことでした。実力を認めてもらい、敬意を得るためには、人一倍努力しなければなりませんでした。

さらに、長年活動した楽団エネヘー・ラ・バンダ(NG La Banda)を離れ、ソロの道を歩み始めたことも大きな挑戦でした。それまでは楽団の一員として知られていましたが、ソロになれば自分自身の表現やスタイルを確立する必要があります。簡単な道ではありませんでしたが、挑戦を続けた結果、今では一人のアーティスト、モニカ・メサとして評価してもらえるようになりました。

 

――子どものころに聞いていた音楽や、歌手になったきっかけについて教えてください。

モニカ 音楽は幼いころから私の人生の一部でした。最大のインスピレーションは父のエディ・メサです。父はロス・レイエス73(Los Reyes 73)などで活躍した歌手で、70歳になった今でも声がきれいです。祖母の存在も大きく、子守歌代わりにエレナ・ブルケの曲など、フィーリン(キューバの歌謡曲)をよく歌ってくれました。家ではベニー・モレやロス・ザフィーロス、さらには父の好きな1970年代のロックンロールまで、さまざまな音楽が流れていました。音楽が豊かな環境で自然と歌にひかれ、カトゥルラ音楽院で学びました。15歳でセプテートの楽団、チクエロ・ソン(Chicuelo Son)に参加し、プロとしての第一歩を踏み出しました。

 

――キューバの国民性と音楽のつながりは強いですか?

モニカ 音楽とキューバ人は一体です。私は音楽なしでは生きられません。料理をするときも、掃除をするときも、いつも音楽があります。私たちは音楽を通して喜びを表現し、人とつながります。その明るさや陽気さはキューバ人の大切な特徴であり、どんな時代になっても失ってはいけないものです。

音楽は魂の薬です。どんな痛みや悲しみも和らげてくれます。たとえ困難な状況にあっても、音楽が流れれば人びとは歌い、踊り、笑顔になります。問題を抱えていても、音楽を聴いて、みんなで踊れば一瞬でも忘れられる。その力こそが音楽の素晴らしさだと思います

 

音楽は“魂の薬”。歌うことは、曲ごとに異なる人生を「生きる」こと

――モニカさんのパワフルでありながら、繊細な表現の源はどこにありますか。

モニカ 私にとって、一曲一曲は小さな演劇です。歌手になる前は俳優として活動していたので、歌うときもその曲の主人公になりきります。物語を深く理解し、悲しみの歌ならその痛みを自分のものとして感じ、喜びの歌なら心から踊るような気持ちで表現します。私自身が感動し、鳥肌が立つほど心を揺さぶられる歌でなければ、人の心を動かすことはできません。だから私は音楽を「演奏する」のではなく、「生きる」のです。一曲ごとに異なる人生を生きること。それが私の歌の原点です。

 

――日本の観客にどのように楽しんでもらいたいですか。

モニカ 観客のみなさんと一緒に音楽を楽しめる時間にしたいと思っています。音楽を通して交流し、笑顔を分かち合えることを今からとても楽しみにしています。楽しみ方は人それぞれで構いません。踊りたくなったら踊ってほしいですし、座ってゆっくり音楽に身を委ねていただくのも素敵です。私たちの歌が少しでも心に響けば、それだけで幸せです。

最も大切なのは、音楽に込めた愛や感情をみなさんに届けることです。コンサートが終わったあと、温もりや喜びを心に持ち帰っていただけたら、とてもうれしく思います。


【公演情報はこちら】

現代キューバ音楽の真髄を体感できる「モニカ・メサ ジャパン・ツアー with 至高の楽団ホーベネス・クラシコス・デル・ソン」は2026年10月、全国9都市で開催!

特設サイト:https://www.min-on.or.jp/special/2026/cuba/

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