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2025/10/01 特別インタビュー

【対談】子どもの"探索"を最大限に促す 「こどものための世界民族楽器展」

子どもの"探索"を最大限に促す
 「こどものための世界民族楽器展」


構成:大森貴久(BUNBOU株式会社)


01 触って鳴らせる 体験重視の展覧会


三木:

 本日は音楽と発達心理学の関係に詳しい丸山慎教授にお越しいただき、当館が毎年開催している「こどものための世界民族楽器展」を観覧していただきました。

丸山:
 まさに私の研究テーマにドンピシャの内容ですので、とても楽しみにしてきました。


三木:

 本展が始まったのは2004年で、当初は当館がコレクションしている約900点の民族楽器を展覧することが主たる目的でした。それを次第に子どもたちの夏休みの自由研究に役立つ内容に寄せ、私が学芸員として担当し始めてから、現在の形になりました。

 今の展示の特徴は、何といっても子どもが民族楽器に実際に触れて音を鳴らせる点です。展示の構成上、ザックス・ホルンボステル分類に基づいて「気鳴楽器」「弦鳴楽器」「膜鳴楽器」「体鳴楽器」という最低限の分類は行いましたが、説明は必要最低限にして、とにかく子どもたちに体験してもらえる展示を目指しました。


丸山:

 素晴らしいコンセプトです。展示を拝見してみると、確かに説明文がほとんどありませんね。それぞれの楽器には、名称とその楽器が生まれた国名だけが記されています。ただ、文字情報は極めて抑制されている一方で、楽器の並べ方などには、子どもたちの視線の動きや注意の向け方などに寄り添った工夫が見て取れます。例えば「体鳴楽器」のセクションですが――

左からマラカス、マラカ(ラットル)、ガラガラシェイカー


三木:

 ペルーの「マラカス」の横に、ザンビアの「マラカ(ラットル)」とインドネシアの「ガラガラシェイカー」を並べました。


丸山:

 現代楽器とは異なり、民族楽器は日常的に目にするものではありません。大人でも楽器の名称や国名を示されただけでは、どのように鳴らせばよいかが分からないものもあります。したがって、子どもにとってはそれらが楽器である以前に"モノ"として認識されているかもしれません。

 では、目の前のモノをどう扱えばよいか。子どもにとってのヒントは、ここが音楽博物館であることと、マラカスという比較的身近な楽器の横によく分からないモノ(写真右端:ガラガラシェイカー)があることです。なんとなく、マラカスっぽく扱えばよいのかな……でも、こんなに形が違う……そう思える動線がここのセクションにはあるんです。


三木:

 狙いを見事に言語化していただきました。こんなにも分かってくれる人がいたとは(笑)。


02 民族楽器を介した"タイムトラベル"


三木:

 説明文は最低限しか掲示していませんが、2、3行の文章を書くためには膨大な資料を読み込まなければなりません。調べれば調べるほど長い文章を書きたくなるわけですが、そうすれば子どもたちにとっては面白くない。必要最低限のエッセンスだけをなんとか2、3行にまとめました。

 うれしかったのは、熱心に質問をしてくれる子どもがいたので、難しいかもしれないと思いつつも「もっと知りたければこんな本があるよ」と私が参照した資料を教えてあげると「将来、僕はこれを勉強してみたい」と言ってくれたことでした。


丸山:

 初めから情報を与え過ぎないというのはとても大切です。大人はどうしても知識や言葉で説明しがちなのですが、子どもたちにとっては自分の頭で考えたり、想像したりする"隙間"のほうが重要なんです。子どもの自発的な「知りたい!」という欲求を刺激するためには、大人は喋り過ぎてはいけない。この展示が素晴らしいのは、子どもが自分の体を使って楽器に触れ、音を出しながら"隙間"を埋めていくことができる点です。


三木:

 説明文が少ない分、何を尋ねられても答えられるように、分厚いファイルブックを用意してあります。多くのお子さんが民族楽器にのめり込んで、この決して広くはない展示室に2時間とか3時間とか滞在されるケースも少なくありません。お父さんやお母さんがくたびれて、「早く帰ろう」とお子さんの手を引っ張っておられる姿もよく目にします。


丸山:

 大人と子どもでは流れている心理的な時間のスピードが違うんです。大人の場合、楽器の名称を知り、音の出し方が分かれば、どんどん次へと進んでいきますよね?


三木:

 おっしゃる通りです。大人は理解できると次の楽器、次のセクションへと進んでいきます。


丸山:

 それに対して、子どもは自分の体を使って、使い方や音を"探索"するわけです。その行為というのは、じつは人間がモノから楽器を生み出してきた歴史のプロセスを、今この瞬間に短い時間で追体験させるものではないかと思うのです。楽器を介して"タイムトラベル"をしているともいえる。そこに「これは○○という楽器で、そう使うんじゃないよ。こう鳴らすんだよ」という説明をしてしまうと、せっかくの探索や追体験の時間が台無しになってしまいます。


三木:

 楽器を触って振ったり、たたいたりしているうちに、突然、いい音が鳴る。その瞬間に子どもたちは「アッ」という表情をします。


丸山:

 自身の体を通して民族楽器に触れ、それをつくり出した人たちが意図した音を発見できる。現代楽器とは異なり、見たことがない楽器だからこそ、疑問も多く、探索しがいがある。よく考えてみると、民族楽器はじつに強力な学びのツールですよね。子どもだけでなく、大人にも童心に返って体験してもらいたい素晴らしい展示です。


三木:

 ありがとうございます。

 


03 楽器が子どもたちの行動を誘発する


三木:

 「理解」ということで言うと、大人のお客さまからよく聞かれるのは楽器の値段です(笑)。当館では、企画展の他にも、鍵盤楽器や自動演奏楽器、民族楽器の常設展示を行っているのですが、貴重な楽器を目の当たりにされた方々のなかには「このなかでどれが一番高価なんですか」と尋ねられる方が少なくないんです。


丸山:

 価格には歴史的価値や希少性などが反映されますので、ひとつの指標にはなりますし、そうした知的好奇心自体が悪いわけではありません。ただ、民音音楽博物館のような場所に来る際には、あわせて音楽や楽器に備わる可能性にどっぷりと浸かって、子どもも大人も存分に楽しんでもらいたいと思います。

 大人は得てして結論や効果を急ぎがちです。例えば、子どもの情操を育んだり、コミュニケーション力を養ったりするために、音楽教室に子を通わせているとします。それはとても素晴らしいことなのですが、親はどうしても「太鼓をたたけるようになる」とか「音感がよくなる」とか、目に見える効果を求めてしまうんです。


三木:

 本展では、展示室の中央部分にスチール製のスリットドラムを置いています。円盤状でなかが空洞の金属にスリット(切れ目)を入れただけのシンプルな楽器で、もともとは木や竹でつくられていました。マレットや指でスリット部分を叩くと、とても美しい音が鳴ります。

 当館にはプロの音楽家もよくお越しになります。打楽器のプロがスリットドラムを叩くと、とても柔らかな音が鳴り、倍音が館内に響き渡ります。大人は「なるほど、プロか」と理解できれば、頭を切り替えて他に関心を移しがちですが、子どもは違います。じーっと音の深みに浸っているのです。端から見ていて、プロの演奏に居合わせた子どもはとてもラッキーだと思います。


丸山:

 本当にそうですね。子どもはプロやアマという境界に囚われず、音の世界にダイレクトに入って行けるわけです。直感的に「この人はすごいぞ」って分かるものなんです。

 演奏のプロというは、より深みのある音や、未知の音が出せないものかと日々探索しています。それは子どもが自らの体でモノとかかわる行為と根は共通していると私は考えています。その楽器が何かさえも分からない子どもがドンシャカ鳴らす音と、プロが何十年もかけてようやくたどり着く音――その両方の可能性を楽器は潜在的に持っているとも言えます。そうした境界線がなく、名付けられない体験を、この企画展では提供できているのではないでしょうか。

 ジェームズ・J・ギブソンという心理学者が「アフォーダンス(affordance)」という概念を提唱しています。動詞の「afford=与える」を名詞化した造語で「環境やモノが人に提供する可能性の束」を指す言葉です。まさに、楽器そのものが子どもたちの行動を誘発する。そんな展覧会と言ってもいいように思います。



04 触れられないことも大切な体験になる?


三木:

 一つだけ残念なのは、安全面を考慮して触っていただけない楽器がある点です。コロナ禍以降は、感染症対策の観点から、どうしても気鳴楽器を吹いてもらうことはできませんし、弦鳴楽器は扱い方を間違えると弦が切れてしまって危ないので、膜鳴楽器と体鳴楽器を中心に触れていただけることになっています。あとは一部、希少性などの観点から、ショーケースに入れて展示している楽器もあります。


丸山:

 子どもに自由に体験してもらうためにも、安全をきちんと確保することはとても大切です。その上で、これは"触って鳴らす"というコンセプトとは違う角度の話になりますが、触れられる楽器の隣に、触れられない楽器が並べられていることも、子どもにとっては学びになるはずです。

触ってはいけない楽器に子どもが近づこうとすると、親は自然と体で進路を遮ったり、伸びる手を引っ張ったりしますよね。そうした"バリア"を、子どもはとても繊細に感じ取ると思います。ショーケースに入っている楽器についても、そのバリアを感じながら近づいたり、近づかなかったりする。だからこそ、触れられる楽器と触れられない楽器が同じ空間に並んでいることには意味があるといえます。


三木:

 触れない楽器も展示している一方で、展示室の一番奥にはハンドベルやマラカス、カスタネット、ウクレレ、ベビードラムなど、小さな子どもたちがより気楽に遊べるおもちゃの楽器も用意しています。どれだけ触って鳴らせる展示だと言っても、やはり親御さんのなかにはバリアをつくる方がいらっしゃいます。このスペースでは、子どもは好きなだけ触れますし、音を鳴らすことができます。

 ただ……ここには椅子と譜面も置いてあるのですが、子どもよりも親御さんたちが楽器の演奏に夢中になっている光景を時々見かけます(笑)。長時間の引率に疲れて椅子に座り、目の前の譜面を見ながら演奏し始めると、案外のめり込んでしまうのでしょうか。童心に返っていただけたのであれば、それはそれで嬉しいのですが、なかなか興味深い光景です。


丸山:

 大人だってタイムトラベルできるということですね。子どもは、他の人が鳴らす音を聞きながら、自分自身の探索をしますから、やっぱり親御さんも、ここではお子さんをただ見守るだけではなくて、自分自身もしっかりと体験することが大切だと思います。



05 親や先生が知らなければ子どもは自ら学び始める


三木:

 必要以上に情報を与える必要はないと言われると、なかには一歩引いて、ただ見守ることに徹する親御さんもおられます。私自身は、お子さんから「これはどうやって鳴らすの?」と問われた場合には、「どうやって鳴らすと思う?」と問い返すようにしています。悩んでいる様子であれば、「こうかな? 違うね。こうかもしれないね」と、一緒になって考えたり、子どもが考えるきっかけを与えたりするようにしています。一方的に答えを与えることはしません。


丸山:

 それはとても重要な接し方だと思います。民族楽器となると、親御さんであっても演奏の仕方を知らないことのほうが多いですよね。子どもは親に聞くものの、親も分からない。そのときに、学芸員やスタッフに聞いたり、説明文を見たりして、無理に答える必要はないと思うんです。なぜなら、子どもに「親にも分からないことがあるんだ」と知らせることはとても大切だからです。

 子どもにとって、親や学校の先生は"教えてくれる存在"です。そんな親や先生にも分からないことがある。それに気付くことが、自発的に学び始めるきっかけになったりするんです。


三木:

 先日、フリースクールの皆さんが来館された際には、まさに教員と生徒のあいだにそんな会話がありました。生徒に尋ねられた先生が「分からない」と言うと、「先生も分からないんだ」と。勘ぐる子は「本当は分からないふりをしているんじゃないか」とも言っていました。


丸山:

 それでいいんです。民族楽器の前では、親も子も先生もなく、皆が平等に"知らない人"なんです。親や先生は、とにかく子どもと同じ目線に立つことが大切です。



06 音楽の始まりをたどる"プリミティブ"な体験


三木:

 当館には、音大生はもちろん学芸員を目ざす学生もよく来られます。話を聞くと、大学の先生から「民音音楽博物館は一度、見ておいたほうがいい」と勧められて来られるようなんです。つい先日も、青森県からわざわざお越しくださった学生の方がおられました。

 さまざまな方が来館してくださるのですが、とても興味深いのは、聾学校の方々など、耳が聞こえない人たちも足を運んでくださることです。先日は、ある聾学校から問い合わせがありました。念のために電話口で「当館は音楽博物館ですけど、本当に大丈夫ですか」と尋ねたのですが、「もちろん、大丈夫です」と。よくよく話を聞くと、生徒さんが自ら調べて「こどものための世界民族楽器展」に行ってみたいと学校側に提案されたそうなんです。

 耳が聞こえないのに、どうやって見学するかというと、例えば、本展ではインドネシアの「アンクルン」という民族楽器を展示しています。


丸山:

 入口近くにある楽器ですね。私もこの楽器は初めて見ました。


三木:

 アンクルンは、音階が異なる竹筒がぶら下がっており、それらを揺らすことで筒同士がぶつかって音が出るという仕組みの楽器です。例えばこのアンクルンにしても、聾学校の生徒たちは、耳からは何も聞こえなくとも、楽器から伝わってくる振動で"音"を聞いているようなんです。


丸山:

 それはとても重要な話ですね。音や音楽となると、私たちはついつい耳で聞いていると思いがちなのですが、実際は違うんです。耳だけでなく、さまざまな感覚を横断した体験なのです。逆の言い方をすると、音楽や音を耳だけで聞こうとしている私たちは、音楽や音が持つ相当な部分をロスしてしまっているのです。

 もしかすると、聾学校の生徒の皆さんは、本来的な音楽を体験できているのかもしれない。それはいわば音楽の始原をたどる体験ともいえるでしょう。小さな子どもたちも、この展覧会を通じてそのようなプリミティブ(素朴)な体験ができている気がします。

 冒頭にも触れましたが、今般の展覧会では、展示されているそれぞれの民族楽器に説明文はなく、名称と国名しか記されていません。とりわけ国名が示唆するのは、自分たちが暮らす国や地域とは異なる文化です。先にタイムトラベルと言いましたけど、子どもたちは想像力を働かせることで、時間だけでなく空間においても旅をすることができる。それもまた、子どもたちにとっては貴重な体験になるはずです。


三木:

 ありがとうございます。丸山さんとは話が尽きませんね。今日は本当に勉強になりました。


丸山:

 こちらこそありがとうございました。想像していた以上によい企画展で、とても楽しい時間を過ごせました。次は一人の来館者として個人的に訪れたいと思います。


※2025年度の「こどものための世界民族楽器展」は、9月28日で終了しております。尚、常設のM5展示室にて、一部の民族楽器は展示中です。


【プロフィル】

丸山 慎
駒沢女子大学共創文化学部心理学科教授。東京大学大学院教育学研究科にて博士(教育学)取得。米国インディアナ大学ブルーミントン校 心理脳科学部博士研究員等を経て現職。専門は発達心理学、音楽心理学、認知心理学など。乳幼児期の子どもの認知発達をはじめ、人間の変化の機序に関する研究に従事。


三木敦司
民音音楽博物館勤務。学芸員として「こどものための世界民族楽器展」を担当。