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2024/07/23 特別インタビュー

林家つる子氏 インタビュー

◆新たなフロントランナー

挑戦する女性達のストーリー(1)

 

落語新時代の旗手、真打ち・林家つる子の挑戦

 

聞き手:文化ジャーナリスト 原納暢子


  古典落語に登場する女は、堪えて、忍んで、涙を拭いて…。しかも主人公の多くは、遊び人やぐうたらなど、問題ありの男が定番である。ところがどっこい、そんな世界を塗り替える落語家が、老若男女のハートを射止めるご時世になってきた。

 今年3月、真打ちに昇進した、林家正蔵門下の林家つる子は、その注目株である。噺に登場するおかみさんや遊女らを主人公に仕立て直して高座で披露している。女性の心情の変化、微妙な立場や行動の理由などがリアルに伝わって、観客は「なるほど納得」「ああ感動」。「子別れ」「芝浜」「紺屋高尾」など、古典を基にした「アナザー・ストーリー」は、斬新で奥深い…。

 

 

  • 前座修行10年、女たちが話し始めた経緯

 

 つる子は、入学した中央大学で落語に出会い、落語研究会で活動。卒業後、九代目正蔵に入門した。クラブの顧問でアメリカ演劇研究家の黒田絵美子教授が、柳家さん喬の新作落語を書いたりしていたことから、正蔵師匠との縁が出来てかなったという。2010年のことだ。

 

 女性の落語家は、1974年に上方の露の都が、露の五郎(後の、露の五郎兵衛)に入門した頃から、男性社会にじわじわと根を張ってきた。50年を経て、全国で50人超が定席で高座を務めているが、この数は男性落語家の1割以下である。

 

 どっちを向いても男ばかりの世界で、今日まで困り事も多かったろうが、「大学時代の落研の経験がありますし、お姉さん方もいらっしゃったので…」と、健気に答える。しかし、古典落語の噺に違和感や疑問を抱いていた。

 

 ぐうたら亭主に文句も言わず、けなげに仕える女が多すぎる。ほれているから我慢しているとはいえ、飲んだくれ、浮気、借金…、ひどすぎでは? 意見できない時代とはいえ、女性の思いや考えはちっとも詳しく描かれていない。まれにもの言う女が登場すると、面白がってお終いになるのが、お決まりのパターンだ。

 

 「前座の頃から、女性の立場から描けないかなと思っていました。師匠の理解や応援も大きかったです。『噺に、女性ならではの工夫ができるんじゃないか? いろいろ挑戦してほしい』と言ってくださって。驚きもありました。でも、せっかく入門させてもらえて歩んでいけるのだから『人の倍の努力をして、二ツ目になったときに披露しよう』と心に決めて、噺を少しずつ蓄えていきました」

 

  • 子供の頃から培ってきた、創作に必要な力

 

 つる子の創作力の源泉を探ってみた。

 

「子供の頃からドラマや映画が好きで、たくさん見ていました。宮藤官九郎さんの作品はどれも好きです(笑)。北川悦吏子さんの「オレンジデイズ」、柴門ふみさんの「東京ラブストーリー」なども。作品の世界にどっぷり浸って、私も表現を通じて誰かを助けられたらなあ…と思ったりしてましたね」

 

 「観る」だけでなく、「読む」も旺盛だった。

 

 「漫画はズバリ高橋留美子さん。母が小学校のバザーで『らんま1/2』をまとめ買いしてくれたんです。ギャグとか世界観とか好きでした。母は若い頃マンガ家を目指しててデビュー寸前だったのが、父との結婚が決まって諦めた経緯があるんです」

 

 母には、漫画の素晴らしさを娘に伝えたい思いがあったことだろう。対する父は、娯楽全般が好き。本棚に漫画や本がいっぱい並んでいたので、つる子は手当たり次第に読むことができた。読書に困ることはなかった。

 

 高校時代は演劇部に入った。表現活動は楽しかった。

 

 「主役より脇役に興味があったので、役はいつもすぐ決まってました(笑)。演出、舞台音楽や美術など、演劇の世界全体が興味の対象でした。脚本を書くことはなかったですが、プロットを書いたことはあります。観劇にも出掛けました。『ナイロン100℃』のケラ(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)さんや『第三舞台』の鴻上尚史さんの舞台が好きでした」

 

 そして、大学で落語に出会った。勧誘で入った落研で4年間を過ごした。こうして振り返ると、創作に必要なものを時間をかけて吸収した足跡が見える。

 

  • 心を奮い立たせて「最初の第一歩!」

 

 「ところが、二ツ目になったとき、すぐ行動できなかったんです、自信なくて…。芸歴10年の節目なのに『今やらないでどうする』って発破かけて『子別れ』に挑戦しました。吉原通いの夫に愛想をつかして子連れで出ていったお徳さんの噺。予想以上に好評で、女性だけでなく男性からも『この挑戦いいね』って。それで発奮して、その冬に『芝浜』をやり、コロナ自粛中に再構築しました」

 

 飲んだくれの魚屋の亭主が、浜辺で大金を拾ったことから、全く河岸に行かなくなる。見かねた妻のおみつが、幸せだった頃に戻るために策を講じる。亭主は改心するが…。女心だけでなく、互いの心情の変化や思考が手に取るように伝わってくる「芝浜」は、「令和の人情噺」だ。

 

 そうこうするうち、NHKテレビ「目撃!にっぽん わたしの芝浜~女性落語家 林家つる子の挑戦~」の密着取材が入った。

 

 「2021年の半ばから半年近くかけて収録して、22年1月に放送。いろんなご意見をいただきましたが、『挑戦していいんだ』と再認識できて一歩前進できました」

 

 今年は真打ち昇進で、各地で高座やイベントが続く。

 

 「これからは、より多くの人に『落語を聞くきっかけ』を作る人になりたい。落語を聞こうという気持ちになるきっかけは、まだなかなかないと思います。古典落語と古典を基にした創作落語の両方に挑戦していきます」

 

 創作落語のアイディアはいろいろある様子。来年からのスケジュールに盛り込んでいくようだ。ますます高座が楽しみになる。

林家つる子

柳家わさび・柳亭小痴楽・林家つる子 三人会

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