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2022/09/15 ミュージックジャーニー

MIN-ONミュージック・ジャーニー~ボリビア編~

皆さん、民音ミュージック・ジャーニーへようこそ。
今回は、南アメリカ大陸の中央に位置するボリビア多民族国へ、駐日ボリビア多民族国大使館の皆様とともにご案内いたします。

ボリビアは周りを5ヶ国に囲まれる内陸国で、先住民の人口比率が高いのが特徴です。

 ボリビアの旅のしおり 

・世界最高所の一つ 首都「ラパス」で美しい夜景を見よう

・天空の鏡「ウユニ塩湖」と真っ赤な湖「ラグナ・コロラダ」を巡ろう

・サンタクルスにある“オキナワ村”の歴史を学ぼう

・「オルロのカーニバル」でフォルクローレの音楽と踊りを楽しもう


ボリビアを中心に広がったアンデス地方の音楽(アンデスのフォルクローレ)も、先住民の要素が色濃く残る文化の一つです。旅のはじまりは、アンデスのフォルクローレの代表曲「コンドルは飛んで行く」をお楽しみいただきます。

民音が2010年から数回にわたって招聘しているボリビアのフォルクローレグループ「アナタ ボリビア」の演奏でお聴きください。

「コンドルは飛んで行く」


 

 

“雲の上の街” 首都ラパス

ボリビアの憲法上の首都は南部の「スクレ」にありますが、1900年に主要な政治・行政機関が移された西部の「ラパス」にあります。ラパスの中心街は、日本の富士山とほぼ同じ標高3,600mに位置することから、“雲の上の街”や “世界最高所の首都”と呼ばれています。

街全体がいわゆるすり鉢状の盆地になっており、6,000m級のポトシ銀山(ワイナ・ポトシ)とイリマニ山に囲まれる街並みを空から見下ろすと、まるで天空に突如として現れた近代都市のように感じられます。

ラパス


ラパスでの主な移動手段はバスやロープウェーです。まずは、多民族立法議会やカサ・グランデ・デル・プエブロ(大統領官邸)、ラパス大聖堂、国立博物館などが集まる「ムリリョ広場」に足を運び、ボリビアの歴史と現在の人々の暮らしに触れてみましょう。



ボリビアの自然と世界遺産

ボリビアにはアンデス高地だけでなく、熱帯雨林やサバンナが広がる低地もあり、多彩な自然環境に恵まれているのが魅力です。ラパスを出発し、ボリビアの自然の名所をぐるりと巡りましょう。

旅のお供に、再び「アナタ ボリビア」の演奏をお聴きください。

「泉」


 

ウユニ塩湖

ボリビアの自然と聞くと、真っ先に「ウユニ塩湖」の絶景を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。ウユニ塩湖はボリビア南西部のアンデス山脈に囲まれた標高3,700mの高地にあり、ラパスからは飛行機や電車、バスでアクセスできます。



ウユニ塩湖の特徴は、なんと言っても“天空の鏡”とも呼ばれるようなどこまでも続く鏡面反射の絶景です。これは、南北100km,東西250kmもの広さにわたって、高低差わずか50cm以内という「世界でもっとも平らな場所」だからこそ現出する景色です。

ラグナ・コロラダ

「ラグナ・コロラダ」は、南西部の広大な保護区にある浅瀬の塩湖です。標高4,278m地点に位置し、面積60平方kmもの大きさを持つ湖で、藻類やプランクトンによって赤く色づいて見える湖水が特徴です。

赤い湖面と青くきれいなアンデスの空、ナトリウムで白く輝く浜辺が織りなす美しい色彩のコントラストは、この地でしか見られない特別な風景です。また、フラミンゴの貴重な生息地でもあり、ラムサール条約にも登録されています。



オキナワとボリビアの深い縁

ボリビア中央部の「サンタクルス県」には、「コロニア・オキナワ」(オキナワ移住地)と呼ばれるエリアがあります。世界地図で「オキナワ」という名称が記載されるのは、日本の沖縄県とボリビアのコロニア・オキナワのみであり、地名からもうかがえるように、ここは両国の深い縁を示す地域です。



ボリビアへの日本人移住がスタートしたのは、120年以上も前の1899年でした。しかし、沖縄からの移住が本格的に行われたのは、それから50年近く経過した太平洋戦争後のことです。

終戦後の沖縄で土地を失った人が増えたことにより、ボリビア・アメリカ・琉球政府の協力によって、移住者の受け入れを行ったのがコロニア・オキナワだったのです。以来、この地は「オキナワ村」とも呼ばれるようになり、ボリビアと日本とのつながりを大切にする日系人によって、沖縄の生活習慣や食文化が根付いています。


固い友情で結ばれる沖縄とボリビアの人々が築いてきた街、サンタクルスを称える曲「私のサンタクルス」を「アナタ ボリビア」の演奏でお聴きください。

「私のサンタクルス」


 

ボリビアの伝統文化と「オルロのカーニバル」

冒頭でご紹介したように、ボリビアには先住民の文化がさまざまな形で残っています。代表的な例が、「チョリータ」と呼ばれる先住民女性の衣装スタイルです。三つ編みにした頭にカラフルな山高帽、ふんわりとボリュームのあるペチコートと色鮮やかなショール、そしてカラフルなスカート「ポリェラ」を着用するのが特徴です。



ボリビアの音楽文化は、先住民たちが紡いできた伝統音楽とスペインの弦楽器、アフリカ系移民が持ち込んだリズムの融合によって育まれてきました。伝統楽器には、アンデスの趣を感じさせる「シーク」(サンポーニャ)と呼ばれるパン・パイプや、「タルカ」(アナタ)と呼ばれる縦笛、フォルクローレに用いられる弦楽器「チャランゴ」があげられます。



ボリビアの音楽は、各地で催されるお祭りにも欠かせないエッセンスとなっています。南米3大祭りの一つで、無形文化遺産にも登録されている「オルロのカーニバル」では、踊りやカラフルな衣装とともに、シークやチャランゴ、鼓笛などの楽器がパレードを彩ります。



カーニバルは毎年2月ごろに2〜3日にわたって開催され、この間は朝から深夜までパレードが続き、さまざまなフォルクローレの音楽や踊りを楽しむことができます。

最後に、駐日ボリビア多民族国大使館が推薦する音楽家をご紹介します。

カラ・マルカは、1984年にボリビアのラパスで結成された音楽グループ。カラ・マルカとは、アイマラ語で「石の街」を意味します。
先住民族の音楽をベースに電子楽器を取り入れた独自の音楽スタイルでボリビア音楽の魅力を発信する彼らは、近年のラテンアメリカで最も影響力のある音楽グループとして注目を集めています。また、自然保護のメッセージを込めた音楽活動の貢献には、ヨーロッパ、アメリカ、アジア、アフリカで高い評価を受けています。
ボリビアでは、とくに若者からの支持を集め、彼らの音楽アルバムはゴールドディスクやプラチナディスクを受賞しています。

1.PONCHOS ROJOS


 

2.Raices (Caporal)


 

3.El Dorado






皆さん、ボリビアへの音楽の旅はいかがでしたでしょうか。
音楽の旅はまだまだ続きます。次回もどうぞお楽しみに。

協力、写真提供: 駐日ボリビア多民族国大使館、松井章氏、Marcelo Chacón Aracena

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