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Concert Reviews

ドラマチック・タンゴ「バンドネオンの匠(たくみ)」

第48回民音タンゴ・シリーズ「オラシオ・ロモ・セステート」を聴いて

飯塚 久夫(日本アルゼンチンタンゴ連盟&日本タンゴ・アカデミー会長)

タンゴの祖国アルゼンチンでは一昨年暮れ大統領が代わって、今、大きな変化が起きている。2001年にデフォルトに陥ったアルゼンチンと日米欧との関係はそれ以来冷え込んでいたが、マクリ大統領の登場によってデフォルトのツケは片付き、先進諸外国との関係が急速に再び接近している。

音楽と政治は無縁だと言いたいが、現実はそうでもない。古くは世界が大戦に明け暮れていた1940年代、アルゼンチンは比較的戦争から離れていたこともあるが、当時のペロン大統領のタンゴ好きもあって、タンゴの黄金時代が形成された。また、1970年代になると、軍事政権の臭いがし出し、タンゴ・アーティスト達も母国では働きづらくなった。76年からは軍事政権が現実化し、フランスなどへ亡命する演奏家も多くいた。そうした中の1970年、この日本で「民音タンゴ」が始まり、有名アーティストが毎年来日して、“タンゴ第二の故郷”と言われるほど多い日本のタンゴ・ファンを喜ばせるとともに、本国のアーティストに、苦しい時期の活躍の場を提供してきた。その貢献は大きい。その「民音タンゴ」が以来途切れることなく毎年続き、今年は48年目を迎え、加えて通算2500回目のコンサートをこの会期中に実現した。真に偉業というべきことである。

そして、その記念すべき年の主役は、バンドネオン奏者のオラシオ・ロモ。彼は幼少期からフリオ・パネというバンドネオンの巧者に学び、コロールタンゴ(民音タンゴとも関わりの深いタンゴの巨匠オスバルド・プグリエーセの真髄を継承している楽団)やレオポルド・フェデリコ(現代タンゴを代表する大マエストロ、惜しくも一昨年暮れに他界)の楽団で活躍してきた。そして今は今日の世界的タンゴ・ブームの嚆矢(こうし)である1990年代のタンゴ・ショー「タンゴ・アルヘンティーノ」の伴奏を務めた“セステート・マジョール”楽団のリーダでもある。

今回のコンサートは全国25カ所で29回の演奏が行われたが、私は2月3、4日、東京中野サンプラザホールでの公演を観た。

第一部は「サルードス(挨拶)」というタンゴ黄金時代を象徴するドミンゴ・フェデリコの曲に始まり、その響きに最初から圧倒された。

2曲目からは早速ダンスが加わり、“ミロンガ”というタンゴの初期を思わせる2拍子のリズムが続く(初期のタンゴは2拍子だが、今日のタンゴは4拍子が主流)。今回もダンス・リーダーはすっかりお馴染みとなった第一回世界タンゴ・ダンス選手権大会(2003年)チャンピオンのガスパル。相変わらずのダイナミックで迫力ある踊りを見せてくれた。結婚したパートナー、カルラの“お目出た”のため、今年はシルビアと踊ったが、これもまた見事な気合いであった。加えて、ビクトリア&リカルドはダンスの基礎をしっかり身に付けたカップル、そして昨年の世界チャンピオンのカップル、アグスティーナ&ウーゴもそれぞれの個性が立派に発揮され、3組ともいつにも増して息つく暇がないほど、充実した踊りを見せてくれた。

第一部6曲目には、インストゥルメンタルで「エル・アブロヒート(可愛いあざみ)」を演奏。これは黄金時代の名曲であるが、その雰囲気を維持しながら今日的な高度なテクニックも鏤(ちりば)められた迫力でコンサートが盛り上がっていく。

そこで登場するのがイネス・クエージョという女性歌手。まだ20代ながら、歌の上手さをふんだんに発揮していた。彼女は昨年、タンゴ史上最高の歌手カルロス・ガルデルの名を冠したガルデル賞を受賞している。その名に恥じない将来性を感じさせる歌手であった。自ら大好きという第二部の2曲目に歌った「シン・パラブラス(言葉もなく)」にその頂点が表れていた。

第一部10曲目で「コントラバヘアンド」というアストル・ピアソラとアニバル・トロイロ、二人の巨匠の合作が登場するが、これがまた最高の演奏。タイトル通りコントラバスをフィーチャーした曲だが、今日のアルゼンチンのトップ・コントラバス奏者ダニエル・ファラスカのソロを含めあまりに素晴らしい弾きに圧倒された。第一部は「カナロ・エン・パリス」というフランシスコ・カナロのパリ公演(1925年、ヨーロッパにおけるタンゴ流行の原点)の大成功を祝した曲で締まった。

第二部はロモのバンドネオン・ソロ伴奏、イネスの歌でA・トロイロの傑作「チェ・バンドネオン」に始まり、5曲目で「ティエンポ・クンプリード(時が満ちて)」という今日のトップ・バンドネオン奏者の一人ネストル・マルコーニ(民音タンゴでも来日)の代表作が登場した。この曲は難曲でもあり、マルコーニ自身以外あまり弾かないが、ロモはこれを見事にこなしていた。

7曲目にロモの新作「カミーノ・エン・エル・アマネセール(夜明けの道)」が紹介され、ロモの作曲者としての才能もいかんなく発揮されていた。そして「カウティーボ」から「アディオス・ノニーノ」までタンゴの名曲で盛り上げ、その迫力と魅力に圧倒され続ける中で迎えた幕引きであった。

今回のコンサートは、上記の他、ピアノのフルビオ・ヒラウド、第一バイオリンのウンベルト・リドルフィなど全メンバーがマエストロと言って良いほどの人たちであり、各人の名人芸的なソロの場面もあり、演奏・踊り・歌というタンゴの三要素、醍醐味を存分に堪能させてくれ、徹頭徹尾、感動の二日間であった。これからもこの「民音タンゴ」がこうしたタンゴの感動を与え続けてくれることを切に期待したい。