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Concert Reviews

ニューヨーク市ヤングピープルズ・コーラス

ただただ、素晴らしい!そしてその素晴らしさには、深い背景がある。

山口敦(カメラマン/音楽ライター)

鮮烈なパーカッションの響きでコンサートは幕を開けた(8月6日、東京芸術劇場)。フィリピン、ミンダナオ島に古くから伝わるこの音に、ヤングピープルズ・コーラス(YPC)の声が重なる。まるで無数の星がちりばめられた宇宙を思わせるようなサウンドのなかで歌う『わが歌よ、永遠に』の歌詞には、こうある。「人々が戦争を口にするとき わたしは愛の讃歌を歌う」「人々が否定しても わたしは肯定する」。

続いて、時代も国も変わってモーツァルトの『キリエ(主よ、憐れみたまえ)』ニ短調K.90には、かすかな悲しみすら湛えた美しく透明な叫びを聴く。YPCのメンバーは、舞台上でのトークのなかで、こう語った。「この曲はモーツァルト16歳の作。つまり私たちと同じ世代の作品です。」

ティーンエイジャーとして、彼らは彼らの言葉で祈る。まさにYPCが依って立つ世界観を象徴しているかのような、冒頭の2曲を皮切りに、音楽の世界旅行が始まった。アメリカ、フィンランド、ブラジル、そして日本。世界各国をめぐり、クラシック、現代音楽、民族音楽、ゴスペル、ジャズ、ロックンロールと、さまざまな音楽の姿を楽しむ。古代からの伝統音楽と現代音楽が、なんと近いものなのか、と驚く瞬間もあった。「世界旅行」であると同時に「時間旅行」でもある。そんな、時空を超えた楽旅。

この多様性に富んだステージのなかで、音楽に国境はなく、またどのようなスタイルの音楽にも等しく価値があることを私たちは再確認した訳だが、同時に彼らは、「アメリカ」「ニューヨーク」というアイデンティティも強烈に打ち出す。「多様性の象徴」としてのアメリカ音楽を通じて。

指揮者・作曲家のレナード・バーンスタインの生誕100年を祝い、『ウェストサイド・ストーリー』のメドレーや『ニューヨーク・ニューヨーク』がプログラムの中央に置かれた。アメリカ人として初めて名門ニューヨーク・フィルの音楽監督となり一世を風靡、レニーの愛称で敬愛されたバーンスタインはまた、人気TV番組「ヤングピープルズ・コンサート」を通じて優れた教育家としても知られた。偶然だが、YPCが3年前に手にした念願の練習スタジオは、マンハッタンの中心部、リンカーンセンターのはす向かい、「レナード・バーンスタイン広場」からすぐのところにある。レニーがそのことをきいたら、どんなに喜んだだろう。

コンサートの締めくくりはガーシュウィンのメドレー。いうまでもなく、音楽史上最も重要な転回点のひとつとなった作曲家へのオマージュを決して忘れていない。そしてもちろん、その間には『夢みる人』や『明日へ架ける橋』、そして『イマジン』。歌い継がれる名歌たちがキラ星のようにある。

さて、そんな楽しいコンサートが終わってしまった。と思ったら、舞台ソデから男の子たちがニコニコ顔をのぞかせた。「まだ聴きたいよね?僕たちもまだ歌いたいんだ!」と言わんばかりに、みんな舞台へ駈け戻る。なんと6曲ものアンコールだ。聴衆も立ち上がって拍手を送った。舞台と客席をつないだこのパワーはいったいどこからくるのだろうか?

創立者/芸術監督のフランシスコ・J・ヌニェス氏自らが子ども時代に涙したという理不尽な人種差別の体験が、今年創立30周年を迎えたYPCの原点にある。冒頭にも書いた、「YPCが依って立つ世界観」が、それだ。そして、緊縮財政のために芸術教科がなくなってしまったという、ニューヨークの公立学校の現実にも直面するなかで、30年間にわたってフランシスコとその仲間たちは、人種、宗教、経済格差、全ての違いを乗り越えて共生できる、ティーンエイジャーの居場所をつくってきた。今日の舞台を聴いて感じる力や輝きは、まさに「音楽の強さ」と「多様性の強さ」の両方を雄弁に証明していると言えるだろう。

YPCは、いわゆる音楽学校ではなく、ごく普通に公立の小中高校に通う生徒たちが放課後に集まるサークルだ。今年1月、NYの彼らの練習場を訪ねたとき、たまたま新しい曲の稽古を始めたところだった。手渡された楽譜とにらめっこし、遅いテンポで音符や言葉をひとつひとつ確かめていく。そんな手探りの状態から、一週間後に再び稽古場に戻ってみると、熱狂的にシャウトするフランシスコの姿にある子は笑い転げ、ある子は呆然としていた。そしてそんなメンバーたちのハートにやがて火が灯り、アップテンポのロックンロールが形を表した。アンコールの5曲め「You Can't Judge A Book By Its Cover」がその曲だった。ひとつひとつの曲をこつこつと練習していく努力があって、この日の舞台が成立していたことをぜひ知っていただきたくて、私事を書き連ねたことをお許しいただきたい。

決して選ばれた特別な人たちではないごく普通の生徒たちを、真の「アーティスト」としてこの日誰もが認め、敬意を込めて拍手を送った。9年前のインタビューでフランシスコが語ったことを改めて思い出す。

「喝采を受けるというのは人間にとって本当に大切なことだと思うんです。お金ではかえられない体験です。それによって自分の中に『強さ』を感じ、自分自身への誇りにつながるんだと思いますね」(みんおんクォータリー第16号より)