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Concert Reviews

BIBAP(ビバップ)

多彩な韓国ミュージカルに喝采

七字英輔(演劇評論家)

この十数年、韓国産ミュージカルの日本紹介が盛んだ。以前は韓国のプロダクションが製作した韓国オリジナル作品の招聘公演や韓流ミュージカルの日本人キャストによる公演が主だったが、近年ではそればかりではない。民音招聘の『BIBAP』の前には、大劇場の東急シアターオーブで、ブロードウェイ・ミュージカル『イン・ザ・ハイツ』韓国版の公演があり、後には中劇場・新宿サザンシアターでの少人数キャストによる韓流の『ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ』の日本版公演もあった。

さて、『BIBAP』。8月23日、中野サンプラザ・ホールでの公演を観た。いうまでもなく、シアターオーブと並ぶ、収容人数2000人以上を誇る大規模ホールである。そこに続々と観客が詰めかけてくる。日本での韓国ミュージカルの人気のほどが知れるが、もっとも『BIBAP』は、2012年からソウルの鐘路シネコア劇場に専用劇場を持ち、すでに観光スポットになっているという。日本ではイベント公演を3度行っている。不明を恥じなければならないのは私のほうかもしれない。ただし、『BIBAP』は、本来、韓国ミュージカルが持っているストーリー性が強いミュージカルとは異なる(これまでも、私は韓国を訪れるたび、勧められて必ず1本はミュージカルを観ている。その中には浅田次郎原作の『ラブレター』やビゼーのオペラとは全く違う『カルメン』、伊藤博文暗殺事件を扱った『安重根』などがある。すでに年間製作される演劇の3分の2はミュージカルだと聞かされていたが、その創造エネルギーには瞠目させられた)。いわば、エンターテインメントに徹したミュージカルショーだ。演劇批評家としては最も弱い分野なのである。

しかし、とはいっても1997年初演の『NANTA/ナンタ』は観ている。『BIBAP』同様のノンバーバル(非言語)ミュージカルショーで、韓国のみならず、世界で人気を博し、日本にも数度の引っ越し公演を行っている。私が観たのは、その初期の招聘公演(2000年頃、厚生年金会館大ホール)に当たろうか。4人のホテル調理人が支配人から結婚披露宴用の料理の調理を命じられて、絶妙な包丁さばきを見せるものだが、次第に興に乗ってきて、鍋やボール、泡立て器、まな板、ポリバケツ等を包丁や箸で叩き始める。キャベツなどの食材の切れ端が舞台上に飛び散るなかで、やがてそのリズムが韓国伝統芸能サムンノリの太鼓(チャング)が奏でるものと一体化してくる。現在でも韓国では3館の常設劇場で上演されている人気パフォーマンスだ。

『BIBAP』は『ナンタ』と同じクリエーター・グループが、『ナンタ』を超えるノンバーバルなショーを創ることを目的にスタートさせたプロジェクト。そのためか、『ナンタ』同様に調理現場を舞台にしている。ただし、こちらは見物がいる公開のホールで有名シェフが料理の腕前を競い合う、という設定で、ひところ日本で人気を博したTV番組『料理の鉄人』のような趣向だ。TVの場合は、和・洋・中華のそれぞれの料理人が制限時間の中で、同じ食材を使って得意料理を作り、それを審査員が食し、優勝者を決めるというものだったが、こちらは料理のテーマはすでに決まっていて、寿司、ピザ、チキンヌードル、そしてビビンバの4種。出てくるシェフも、グリーンシェフ、レッドシェフ、リズムシェフ、MCシェフ、セクシーシェフ、キューティーシェフ、ルーキーシェフ、アイアンシェフの8人(このうち、セクシーとキューティーの2人が女性)。『ナンタ』から倍増している。

彼らはそれぞれに得意技を持っていて(料理の技術ではない)、それが舞台に彩りを添える効果になっている。例えば、リズムシェフはビートの達人で、ビートに乗って猛スピードで調理する。MCシェフは愛称通りのヒップホップの愛好者。セクシーとキューティーについては言うまでもなかろう。外見だけでなく、中低音のハスキーボイスの前者に対し、高音の後者はバック転などの身軽さでも勝負する。ルーキーやアイアンについては省略するが、その「得意技」が、グリーンとレッドによる最後のビビンバ対決に意味を持ってくる。グリーンの「武術」(マーシャルアーツだという)とレッドの朗々たるアリアの美声。進行を司るナレーターが生音ですべての調理上の音を出していたことにも驚かされた。

正直に言えば『BIBAP』は、パフォーマンスの魅力として『ナンタ』を超えたとは私は思わない。しかし、観客を楽しませる趣向の数々は確かに『ナンタ』以上のものがあった。

特にその「観客いじり」については特筆される。観客は調理されたビビンバを食べる場面を含め、何度も舞台に上げられる。しかもそれに観客は喜々として従う。それを誘う役者たちの巧さである。次々に出来する多彩な韓国ミュージカルに喝采を贈りたい。