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はじめてのタンゴ鑑賞

タンゴが日本に上陸したのはいつ?
日本におけるタンゴ史

日本にタンゴが伝わったのはいつ頃ですか?

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ジャズが日本に広まり、人気に火がついた時代と重なります。ちょっと伝説めいた話になるのですが……昭和2年(1927年)、足かけ6年に及ぶ欧州遊学より帰国した、目賀田綱美(めがたつなよし)男爵が、アルゼンチン・タンゴのSPレコードを持ち帰ります。この人物、勝海舟の孫にあたるのですが、パリの社交界では「バロン・メガタ」と呼ばれ愛されるほどの人気者だったそうで、ダンスホール通いをしたあげく、日本の社交ダンスの基礎を築いたお方。男爵は帰国直前のパリで、のちに米国で映画俳優となる早川雪洲から、これらタンゴのSPレコードを贈られたとか。帰国後、その音源が驚きをもって受け止められ、昭和7年に日本のレコード会社から初めて国内盤発売されました。当時、パリではタンゴ・ダンスもブームでしたから、図らずも目賀田男爵は、日本のタンゴ・ダンスの祖でもあるわけです。

日本でタンゴが広まったきっかけはなんですか?

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まず、音楽が広まったきっかけには、ラジオ放送の開始と、国産レコードの普及があります。でも最大のきっかけは、昭和4年、赤坂にダンスホール(今でいう「クラブ」にあたる?)がオープンし(店の命名者がこれまた、例の目賀田男爵だったのですが)、生演奏でタンゴを初体験できた衝撃でしょう。この成功を受け、ダンスホールの数、ダンス人口が急増し、タンゴが当然のように踊られたのだそうです。昭和10年代には、日本人のタンゴ楽団も誕生します。また、古賀政男はじめ、日本歌謡界の名だたる音楽家たちもタンゴの曲作りを進めます。知らないところで、タンゴ編曲も、ずいぶんと歌謡曲の中に取り入れられてきたのです。たいそうエキゾチックな魅惑音楽だったのでしょう。

日本のタンゴ奏者で活躍している人は誰ですか?

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戦後、ラジオの生演奏番組をきっかけに、多くの日本人タンゴ楽団が結成され、中でも「オルケスタ・ティピカ東京」は、タンゴの母国アルゼンチンでも大成功をおさめました。その名門ティピカ東京を支え続けた、バイオリン奏者の志賀清さん、バンドネオン奏者の京谷弘司さん。やはりラテンアメリカで破格の成功をおさめた「坂本政一楽団(旧・オルケスタ・ティピカ・ポルテニヤ)」にも参加した、バンドネオン奏者の門奈紀生さん等、ベテラン演奏家がいます。また、1990年代末以降の「ピアソラ・ブーム」をきっかけに急浮上し有名になった、バンドネオンの小松亮太さん。小松亮太さんの登場に触発され、今日では続々と若い世代のタンゴ演奏家が増えています。

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