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演目紹介

解説

○凛として生きる「人間」を演じた名優・梅蘭芳
 世界的に有名な京劇俳優・梅蘭芳(メイ・ランファン 1894~1961)の生誕120周年にあたる今年は、京劇界の総力をあげて、中国国内外で盛大に記念公演が行われる。本公演も、その一つである。
 京劇は、日本の歌舞伎にあたる中国の伝統劇で、二百年余りの歴史をもつ。今の京劇では女優も普通だが、昔の京劇は歌舞伎と同様、男優の「おんながた」が女性の役を演じた。梅蘭芳は、おんながたの名優だった。
 昔の東洋は男尊女卑の社会だった。女性は、忍従の美徳を強要された。だが女性も人間。自分の意思も、夢もある。梅蘭芳は男だったが、女性の心の内面を、本物の女性以上に演じきった。彼が演じたヒロインは、悲劇の虞美人も、喜劇の程雪娥も、自分の運命を受け入れつつ、凜として生きる芯の強い人間だ。人は誰でも、男も女も、結局は自分が生まれた時代を全力で生きるしかない。観客は、中国人も外国人も、梅蘭芳が演じた「人間」に共感した。
 今回の公演は、若き日の梅蘭芳の二つの代表作「覇王別姫」と「鳳還巣」を上演する。

鳳還巣(ほうかんそう)

○あらすじ
 およそ四百年前の昔。程雪雁(ていせつがん)と程雪娥(ていせつが)という、結婚適齢期の姉妹がいた。姉の雪雁は、顔は不細工だが性格が明るい、いわゆる「ブサかわいい」女性。妹の雪娥は、おしとやかな美女だった。ある日、姉妹の家に、顔と性格がちょっとおかしな皇族・朱煥然(しゅかんぜん)と、貧乏だがイケメンの秀才・穆居易(ぼくきょい)が、相次いでたずねてくる。姉妹は穆居易に魅かれ、朱煥然は妹に魅かれるが・・・人々のさまざまな思惑が次々と誤解と行き違いを生む。果たして姉妹の結婚の行く末は?
○京劇にもある笑える人情芝居「鳳還巣」
 「鳳還巣」は、梅蘭芳が古典劇を改作した軽妙なラブコメディー。ストーリーも歌もよく練られており、中国の劇場では観客の笑い声が絶えない。しかし、せりふが多いため、中国語がわからぬ外国人の観客は、字幕を読まねばならない。海外公演では敬遠される演目だが、今回は中国側の強い要望もあり、上演されることになった。京劇にも笑える人情芝居があることを、ぜひ日本のみなさまにも知っていただき、お楽しみいただきたい、という中国側の熱意を感じる。美人の妹役は女優が演ずるが、「ブサかわいい」姉は男優が女装して演ずる。また中国でも有名な日本人京劇俳優・石山雄太が出演するのも、日本人観客にとっては嬉しい演出である。日本の観客は観劇マナーを守り上演中は静かだが、この演目については、遠慮せず、笑えるところは笑っていただきたい。それが上演者と亡き梅蘭芳に対する、はなむけにもなる。

覇王別姫(はおうべっき)

○あらすじ
 紀元前202年。楚の項羽(こうう)と漢の劉邦(りゅうほう)は、天下をめぐる最後の死闘を繰り広げた。戦場では無敵の項羽も、政治的な根回しは不得意で、漢軍の策略にかかって包囲され、「四面楚歌」の窮地におちいる。項羽の妻・虞美人(ぐびじん)は、夫の足手まといにならぬよう、ある決断を下す。
○梅蘭芳が創り上げた歌と演技を継承する「覇王別姫」
 「覇王別姫」は、漢文の歴史書『史記』にもとづく悲劇。日本人には、故事成語「四面楚歌」や、虞美人の生まれ変わりという伝説をもつヒナゲシの花「虞美人草」でもなじみ深い物語だ。梅蘭芳は、生涯で三度の来日京劇公演を行った。最後は戦後の1956年に、中国の首相だった周恩来から直接の要請を受け、まだ国交がなかった日本で「覇王別姫」などを演じた。戦争の記憶が生々しいころである。日本の観客は、虞美人の運命に戦争で失った肉親の面影を重ね、涙を流した。現在の京劇では、虞美人は女優が演じるが、彼女らは梅蘭芳が作り上げた歌と演技を継承している。日中友好の重みと平和の尊さをかみしめつつ、梅蘭芳の芸を堪能したい。

(明治大学教授 加藤徹)

※予定演目、出演者は変更となる場合もございます。予めご了承ください。