タジキスタン国立舞踊団 ZEBO トップページへ
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文明の十字路を美しく彩る衣装と胡旋舞
タジキスタンは、古く東西交易の仲介者となって活躍したソグド人などの住んだところ。今はタジク民族が中心ですが、音楽にも舞踊にもペルシャやインド、中国との交流のあとをにじませて、まさに、世界文明の十字路というにふさわしい多彩な芸能世界をつくりあげています。
 踊りのグループ「ゼボ」(美しいという意味)は、1978年国立の舞踊団として設立され、海外公演も行っています。
 唐の詩人白居易が「胡旋女」を詠じていることは、よく知られています。その詩の中で「胡旋の女、康居(ソグド)より出ず」と詠じていますが、タジキスタンが「胡旋舞」のふるさとであることがわかります。「ZEBO」は、まさにこの「胡旋女」を彷彿とさせてくれます。また衣装も大変にカラフルで観客の目を楽しませてくれます。
 演奏は「ソモン」というグループで、特に歌手はタジキスタン共和国人民芸術家の称号を持ち、またドイラという打楽器の名手も功労芸術家で曲弾きは見事です。
 躍動するリズムや豊かなメロディーとともに、乾燥地帯の遊牧や牧畜の生活を背景にした歌や軽快な踊りなどを披露します。
出 演 者 予 定 演 目
「ゼボ」(舞踊手6名)、「ソモン」(音楽家6名)、一行13名(団長含む) 小鈴の音、春、タジクの花嫁、ミルクと砂糖、他
タジキスタンの歌舞音曲           東京藝術大学教授 柘植元一
標高7,495メートルのイスマイール・ソーモーニー峰(旧名コムニズム峰)を頂くパミール高原の西麓に広がるタジキスタン共和国は、ソヴィエト連邦の中央アジア共和国の一つであった。ソ連の解体後、1991年9月に独立宣言をした。東は中国、西はウズベキスタン、北はキルギズィスタン、南はアフガニスタンと国境を接する人口六百余万人の国である。国民はタジク人が過半数を占めるが、ウズベク人やロシア人も少なくない。

ザラフシャン川流域のペンジケント、サマルカンド、ブハラを中心としたこのオアシス地域はかつて「ソグディアナ」と呼ばれた。タジク人の中には古代ソグド人の後裔であることを任じている人が少なくない。タジキスタンの公用語タジク語はイラン系の言語である。タジク語は今日キリル文字で表記され、方言としての差異は無論あるが、この言語の実体はペルシア語である。いわゆるダリー語と呼ばれているもので、近世ペルシア語の母体となった言葉だ。

だが、タジキスタンの国民は中央アジアに成立した最初のイスラーム王朝であるソーモーン(サーマーン)朝(875〜999)において、今日の国民国家の礎が築かれたと考えている。ソーモーン朝の君主たちはサーサーン朝の貴族バハラーム・チュービーンの後裔を称えていたと言われるが、とりわけこのイラン系王朝の事実上の創設者イスマイール・ソーモーン(在位892〜907)が、タジク民族の最大の英雄であり民族的アイデンティティーの象徴とされているのである。ソ連時代に首都ドゥシャンベの中心街の広場に建っていたレーニンの銅像は取り壊され、その跡には金色に輝く巨大なアーチを背景に上段の構えで起立するイスマイール・ソーモーンの像が建立されている。ドゥシャンベの街の中心に位置する大統領府から、西に向かってウズベキスタンとの国境に達する大通りの名は「イスマイール・ソーモーニ」だ。さらに、タジキスタンの通貨の単位が「ソモニ」と定められていることもその例証だ。ついでながら、タジク人の文化芸術上の心の拠りどころは、「ペルシア詩人の父」と称されるルーダキー(940頃没)である。そしてドゥシャンベの街を南北に走る目抜き通りは「ルーダキー通り」と呼ばれている。

さて、タジキスタンの歌舞音曲はどんな特徴をもっているのであろうか。

タジキスタンの音楽はその地理民族的宗教的背景から想像されるように、西アジア・中央アジアのイスラーム文化圏の音楽の特徴を周辺の民族と分かち合っている。一口に言えば、マカーム(タジク語ではマコーム)と呼ばれる旋法体系にもとづいた音楽が主体である。とりわけ、シャシュマコーム shashmaqomと呼ばれる古典音楽の体系は、歌詞がタジク語で歌われるかウズベク語で歌われるかという違いを除けば、ウズベキスタンのシャシュマコームと音楽の実体はほとんど同一である。一方、ファラクfalakと呼ばれる無拍のリズムで詩を朗誦する様式があり、これこそタジキスタンの伝統音楽の白眉とみなされているが、これもアフガニスタンのタジク音楽と共通している。
また、楽器のほとんどが隣のウズベキスタンのそれと同一であるが、それらは西アジアのイランやトルコの楽器と、構造的にも名称の上でも密接な関係をもっている。

弦鳴楽器にはタンブールtanbur(イランやトルコのタンブールと関係が深い)、ドゥトールdutor(ドタール)、セトールsetor、(セタール)、ドゥンブラクdumbrak(ドンブラ)、ギジャクghidjak(カマーンチェ)、チャングchang(サントゥール)、カシュガル・ルボーブKashgar rubobなどが数えられる。気鳴楽器には、ナイnai (横笛)、スルナイsurnai (?吶)、カルナイkarnai (喇叭、銅角)、そして膜鳴楽器にはドーイラ doira(枠太鼓)、ナゴーラnagora(ナッカーレ)、タヴリャク tavlyak(酒盃太鼓)などがある。さらに、アフガニスタンのアフガン・ルボーブ Afghan rubob、パミール地方のパミール・ルボーブ Pamir rubobと呼ばれる皮張りの共鳴胴をもつ撥弦楽器もしばしば用いられる。

タジキスタンの舞踊は古代ソグディアナの踊り(いわゆる胡旋舞)の伝統を継承していると言われるが、タジク・ソヴィエト社会主義共和国時代のロシアのバレエ教育の影響が大きい。今日も旧ソ連時代の国立音楽学校・舞踊学校が健在で、経済的な困難はあるものの、才能のある子どもたちは幼少の頃から専門教育を受ける伝統がある。六十年前に建設された堂々たる劇場建築を誇る国立オペラ・バレエ劇場も、活発な活動を行っている。来日するタジキスタン国立舞踊団「ゼボ」は、かつての良き時代のタジキスタンの伝統と今日の新しい創造活動の一端を体現するものと思われる。
 
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