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ラトビアの作曲家達に現代音楽の作曲を促し、ラトビア合唱団のレパートリーに伝統的なラトビア独自のスタイルの音楽を加えるという、ラトビアの合唱界にとって非常に重要な目的をもって1969年に創設された。

アヴェ・ソルは非常に高い能力と想像力を有する合唱団で、そのメンバーはすべてプロの音楽家である。創造的で順応性に富んだ合唱団であり、進んで非常に大胆な芸術的冒険を行ない、作曲家に対してそのような作曲を積極的に促している。

アヴェ・ソルはヨーロッパ全土、アメリカ、カナダ、ブラジル、アルゼンチン、日本、フィリピン、台湾、シンガポールなど世界各地のコンサートツアーや音楽祭で公演を行ない、ラトビア合唱音楽の素晴らしさを披露して注目を浴びた。また、オーストリアのシュピッタール・アム・デル・ドラウ、スペインのトロサ、ドイツのマルクトーベアドルフ、ハンガリーのデブレツェン、イタリアのアレコ、エストニアのタリンで開催された国際コンクールで優勝しており、際立った賞賛を集めている。

彼らのレパートリーは、無伴奏合唱曲と声楽交響曲を基本とし、なかでも有名なものは、J. S. バッハの『マニフィカート ニ長調』、『ロ短調ミサ曲』、G. F. ヘンデルの『メサイア』、モーツァルトの『ミサ・ブレヴィス ニ長調』、ベルリオーズの『レクイエム』、シューベルトの『ミサ曲 ト長調』、ストラヴィンスキーの『詩篇交響曲』、ペンデレツキの『ポーランド・レクイエム』など多数あり、リトアニア、モスクワ、イスラエルの室内交響楽団、ヘルシンキ放送交響楽団といった、ラトビア国内および海外の数々のオーケストラと共演を行っている。彼らのコンサートの演目には、必ずラトビアの音楽が入っている。数多くの録音が、レコード、カセットとCDで発売されている。

1999年オランダのロッテルダムで開催された、第5回世界合唱シンポジウムに参加したアヴェ・ソルは特に好評で、会場は世界中からアヴェ・ソルを聴きに集まった聴衆で、演奏前からただならぬ熱気に溢れる中、アヴェ・ソルは目を見張る民族衣装を身にまとって登場。お得意のレパートリーが次々に歌われ、最後に指揮者は聴衆に向かって投げキスするなど好評を博し、多くの聴衆を魅了した。

アヴェ・ソルの活動は、現在、ペテロ・パウロ教会(320人を収容できる、音響のすぐれたコンサートホール)を拠点に活発な音楽活動を行なっている。このホールは合唱や室内楽の演奏には理想的なホールで、建物自体は1786年に建てられたものだが、イマンツ・コカーシュの提案により1987年に修復された(内壁と天井画は19世紀のものをそのまま保存している)。ホールは、市内の聴衆が足を運びやすいリガの中心街にある。
リガ室内合唱団アヴェ・ソルの創設者であり、ラトビア音楽の卓越した合唱指揮者であると同時にラトビア音楽アカデミーの校長(1977〜1991)を歴任。1965年以降、全てのラトビア音楽フェスティバルで首席指揮者を務めており、リガ国際室内合唱フェスティバルR?GA DIMDの創設者兼アートディレクターも務めている。また、国際合唱フェスティバルであるノルディック・バルティックの創設者の一人でもある。ラトビア化学アカデミー名誉会員。ラトビアの民間人に与えられる最高の賞であるThree Stars勲章を授与されている。
イマンツ・コカーシュの息子。首席指揮者兼アートディレクター。幼少より音楽の勉強を始め、リガ大聖堂少年合唱団のメンバーとなり、ヤナプス・ヴィトリス・ラトビア音楽アカデミーの修士課程を修了している。これまでに多くのアマチュア合唱団を指揮し、1988年にはポーランドで、また1991年にイタリアで開催された国際コンクールで傑出した青年室内合唱団であるラウダを指揮し、優勝を飾った。
1986年から2000年まではリガ大聖堂合唱学校で指揮法の指導を行ない、1999年にリガ室内合唱団アヴェ・ソルの指揮を始める。ハノーバーとマルセイユ(フランス)で開催されたEXPO2000における公演で、この合唱団を指揮している。