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Concert Reviews

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カルラ・ピレス

リスボンという街、そこに暮らす人々が愛おしくなる ファドの歌姫カルラ・ピレスの魂を揺さぶる声
関川 隆(音楽ライター)

暗がりのなか、2本のギターが哀愁あるメロディーを奏でる。そこへ赤紫色のドレスに身を包んだカルラ・ピレスが登場。魂を振り絞るかのような真の太い、艶やかな歌声が会場に響く。その瞬間、心の奥深くが揺り動かされ、一気にファドの世界へ引きずりこまれる――。11月14日、中野サンプラザホールで開かれたカルラ・ピレスのコンサートは、そんな風に始まった。

〝運命〟や〝宿命〟を意味する言葉で、ポルトガル人の魂の歌ともいえるファド。通常はクラシックギターと、丸みを帯びた独特な形のポルトガルギターの2本で伴奏される。しかし本公演では、そこにピアノ、チェロ、コントラバスを加えた5人編成で、より現代的な演奏を楽しませてくれた。
 オープニングに続き、愛する男のことをリスボンの川や海、船やかもめに例えた「高く飛ぶ」が歌われる。川の流れのように流麗なチェロと、カルラ・ピレスの歌声に耳を傾けていると、船乗りや魚売りの女が行き交うリスボンの港の風景が目に浮かぶ。

「ミナサン、コンバンワ!」と彼女が挨拶をすると、軽快なリズムにつられて手拍子が始まる。〝我が人生の街よ〟とリスボンへの思いを歌いあげる「リスボン、少女と女性」に、会場は一気に華やいだ雰囲気となった。

その後、インスト曲を挟み、ポルトガルの国民的歌手、今は亡きアマリア・ロドリゲスの「我が愛」をゆったりと、切々と歌う。アマリアの人生を描いたミュージカルで若き日のアマリア役に抜擢された、カルラ・ピレスの面目躍如とも言える瞬間だ。

その後、男性ボーカルのクリスティアーノ・デ・ソウザが登場し、甘い歌声で軽快なラブソングを歌う。続く「飛翔する馬」では、カルラ・ピレスはこれまでとは打って変わった可憐な声で、微妙な感情の揺れを伝える。その幅広い表現力に、改めて感心させられる。そして1部は、リスボンの街を美しい女性のイメージと重ね合わせて歌う「マリア・リスボア」で締めくくられた。

ファドがいかにリスボンという街、そこで暮らす人々と切り離せない音楽なのか。また庶民の日常のなかにある豊かな世界を、いかに歌い上げたものであるか。そんなことを強く感じながら、カルラ・ピレスの情感豊かな歌声に圧倒される前半だった。

2部はこれまでとがらりと印象が変わる。ファドにはリスボンを舞台にしたものと、中北部にある大学の街・コインブラを舞台にしたものがあるが、2部の前半はコインブラの部となる。

まずは優雅なチェロのソロと、歯切れのよいギターのリズムが心地よいインスト曲。続いて、ポルトガルの有名なシンガーソングライター、ジョゼー・アフォンソの「秋のバラード」へ。チェロとピアノによるしっとりとした演奏をバックに、カルラ・ピレスの透明感ある、のびやかな高音が響きわたる。

そしてコインブラの部の最後を「別れのファド」が飾る。この曲はポルトガルでは、会場のみんなで合唱をするという。本公演でも「イッショニウタイマショウ!」とのクリスティアーノの呼びかけに応じ、会場のみんなで歌うことに。しかし、モニターに映されたカタカナの歌詞を見ながら歌う会場の声は、いま一つ弱々しい。それに対して「ダメダメ!」と、クリスティアーノは手厳しい。それでも何度もみんなで歌っているうちに、会場の声は少しずつ大きくなり、揃うようになっていった。最後にはクリスティアーノから「スバラシイ!」と言ってもらえ、会場に笑顔が広がった。

続いて、チェロのピチカート奏法によるアップテンポのインスト曲、さらに軽快なサンバのリズムを用いた「丘の上にサンバがある」で会場は盛り上がる。

その後の「子どものころにかえりたい」は、年をとって幼少期に愛した人のことを振り返る、追憶の情を歌った曲である。かすかに響くピアノをバックにした、切なくも温かいカルラ・ピレスの歌声が、暗闇のなかに天から降り注ぐ光のように、聴く者の心を癒やし、励ましを与える。それはまさに郷愁、懐かしさ、切なさ、憧れなどの意味を持ち、ファドで歌われる独特な感情を表すポルトガル語〝サウダージ〟を感じさせるものだった。ピアノと歌だけのシンプルな演奏は、2部の白眉といっていいだろう。 

そして、白人植民者の子供の乳母である黒人女性を歌った「黒き母」。不当な扱いに耐え、他人の子を我が子として育てた母の思いを、ジャジーな伴奏にのせて歌う。さらに日本ツアーのために練習した「母」を、完璧ともいえる発音の日本語で披露。この2曲を続けて歌った彼女の思いに心打たれる。

最後は、革命でポルトガルを追われた人が、再び母国の土を踏んだ喜びを表現した「風と大地の歌」、さらに民衆の凱歌である「民が歌う」へ。力強い手拍子とともに、「ラララ〜」と観客も声をあわせ、まさに会場全体が一つになった。

約2時間にわたり、20曲以上が歌われた公演は、濃厚な時間でありながら、あっという間でもあった。そこには恋の喜びと苦しみ、故郷への憧憬、友情、母の愛、孤独、希望、歓喜、といった人生のすべてがあった。またカルラ・ピレスの歌声は、ファドが過去の伝統ではなく、現代社会に生き、進化し続けている音楽であることを改めて教えてくれた。そして何よりも、リスボンという街、そこに暮らす人々が愛おしくなり、会いに行きたくなる。それこそカルラ・ピレスの、ファドの、音楽の力なのである。

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