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日中がつないだ希望 舞台に舞うトキの未来

日中がつないだ真心 舞台に舞うトキの未来
取材&文:齋藤希史子(元毎日新聞編集委員)
日中友好の象徴であるトキをモチーフに、悠久の物語がつづられる上海歌舞団の舞劇「朱鷺」。この春、北海道から鹿児島までの32会場を巡る2カ月の日本ツアーが行われ、満場の観客を魅了した。天候不順をものともせずに各地で熱演を見せた主役の周暁輝と梁鑫が、本作にかけた思いを語る。
――バレエや中国舞踊など、多彩な要素を含む舞台に圧倒されました。
周 団員の出自は中国の古典舞踊や民族舞踊などさまざまですが、入団後の日常的な稽古はバレエが基本となります。加えて、多様なジャンルを取り入れた訓練を受ける。それが当団の多様性を生んでいるのだと思います。
梁 設備からスケジュールまで、管理が徹底しています。入団すると群舞から始まり、少しずつ役が付いて、主役に上っていく。降格もあり、常に向上心を求められる環境です。
――群舞から主役に上がるための条件は?
周 女性に求められる条件は、「朱鷺」の潔(ジエ)役の場合、いっそう厳しくなります。第一に、鳥類らしい手足の長さ。トキの優雅さを体現できなければ、この美しい恋物語をどう描くか、という次の段階へ進めませんから。
――トキを体現するのに、どんな工夫をされていますか。
周 佐渡のトキ保護センターで見学をさせて戴き、頭を小刻みに動かすなど独特の仕草をまねるところから始めました。動作を何度も繰り返し、筋肉に記憶させるのです。本作はよく、バレエ「白鳥の湖」と比較されますが、大きく羽を広げたハクチョウの勇壮さはトキにはなく、もっと繊細ではかなげです。潔役では、東洋ならではの情感を全身ににじませることをめざしています。
――朱鷺の群舞は、まさに「白鳥の湖」の湖畔の場を想起させますね。中でも、全員が爪先で立って滑るように進むシーンの一糸乱れぬ調和は圧巻でした。
周 爪先立ちでの歩行は中国の伝統的な技法で、「花梆歩」と呼ばれます。みんなで毎日、輪になって練習しているんですよ。地道な反復により、技が研ぎ澄まされていく。体重移動の極意の全てが、この花梆歩の中にあります。
――男性の主役・俊(ジュン)を演じる踊り手には、軽々と相手役を持ち上げる強靭さが求められそうですね。お二人が組む踊りでは、アクロバティックなリフトに息をのみました。
梁 確かに強さは必要ですが、腕力ではなく演技をご覧いただかねばなりません。人間は力むと必死の形相になりがちですが、それでは俊になれない。心身と表情に余裕をもたせるために、僕はジムでの筋力トレーニングを取り入れています。
周 私たちはペアを組んで1年以上になりますが、潔と俊のパートを1日3回、必ずさらっているんですよ。他の舞台があっても欠かさずに。梁さんの筋力向上が目的ですが、私自身も羽ばたく鳥のような身軽さを出せるよう、追究を続けています。
梁 初めて主役を務めた時は、もちろん緊張しましたが、周さんの身体から安心感が伝わり、水を得た魚のように踊ることができました。これも「一日三朱鷺」の効果ですね。
――あうんの呼吸は、日々の積み重ねがあってこそなのですね。役作りについてもお聞かせ下さい。
周 潔が俊と結ばれたのは、仲間よりも思慮深くてオーラに満ち、心も清らかだから。そんな内面をこまやかに表現したい。その上で、本作の重層的なテーマである真善美、自然との調和、愛の輪廻などをお届けできたら。トキのように感覚を鋭敏にすることで、理想に近づこうとしています。
梁 本作では三つの時代が描かれますが、俊は第1幕の古代では若者、第2幕の現代では老人になります。千年の時の流れと、俊の加齢を重ねて表現するのが難しい。恋する無邪気な若者が、環境破壊の進行によって自責の念に苦しむようになる。その時々の心情をしっかり演じることで、全幕を貫く大きな愛が伝わると考えています。
――トキは日中友好のあかしですが、人類の罪深さを象徴してもいる。お話からも、深い含意が伝わりました。達者なだけでなく、伝える力をもった踊り手になるには、どんな資質が必要ですか。
周 心の底から踊りを愛すること。「熱愛」の二文字に尽きますね。
梁 努力を続けること、でしょうか。僕にとっては踊りが人生そのものであり、努力もその一部なので、苦にはなりません。脚光を浴びた時の高揚感や、お客様の拍手が原動力です。
――最後に、お二人にとって「朱鷺」はどんな演目ですか。
梁 俊が博物館でトキを再生させる幻想的な場面が好きです。現実にも日中両国の協力によって、トキが絶滅の危機からよみがえりましたよね。文明には負の側面もありますが、大切なのは希望と真心ではないでしょうか。僕たちが過密日程のツアーを乗り切れたのも、お客様からそれを戴いたから。今後も「朱鷺」を心から演じることで、皆様にお返しをしていきたい。
周 「白月光」という流行語があって、「最愛」や「永遠の憧れ」を意味します。私自身の白月光は、大切な演目である「朱鷺」を継承し、全身全霊で演じること。そして舞台からお客様に、明るい未来をお届けしたいと願うばかりです。日本には拍手をしながら涙ぐんで下さる方も多く、こちらも胸が熱くなります。芸術に国境はないと実感できるツアーでした。