
INTRODUCTION
2023年、日本ASEAN友好協力50周年を記念して制作されたオリジナル企画、
日タイ・ミュージック・セッション「FUTURE OF ASIA~アジアの未来」。
日本の伝統楽器からタイの民族楽器まで多彩な音色を響かせたステージは、
多くのお客様にご好評の声を多数頂戴しました。
今年、再公演を行うにあたり、23年ツアー時に取材した主要メンバーへインタビュー内容を再編集して、
掲載させて頂きます。
聞き手:関谷元子
1、異なる伝統音楽の出会い
―本日は、よろしくお願いいたします。はじめに皆さんの出身と、音楽を始めたきっかけを教えてください。
良平:実家は大阪・堺市で、僕は5人兄弟の末の双子(※双子の兄がAUNの公平)として生れました。家族全員が音楽関係の仕事をしていて、
僕が19歳のとき、一番上の兄が創作和太鼓集団「鬼太鼓座」とカルガリー・オリンピック(1988年)で共演することになったんです。
―すごいお兄さんですね。
良平:そうなんです。その時、僕も兄から「荷物持ちで参加しろ」と言われて現地までついていったのですが、
直前で出演予定メンバーが5人も出れなくなってしまって、荷物持ちだった私も、急きょステージに上がることになっちゃたんです。
―えー! そんなことあるんですね!
良平:限られた時間で、もう必死に練習して、舞台に上がったのですが、太鼓の演奏なのに、まるでロックコンサートのように喜んでもらって。
自分の和太鼓でもこんなに反応してもらえることが新鮮でした。その経験が本格的に音楽の道を始めるきっかけになりましたね。
―Tonさんはいかがですか。
Ton:私の出身地は、タイの北東部にあるチャイアプームという小さな町です。私の家族も音楽が好きで、その影響で私も民謡や伝統音楽に
興味があったので、ピンとケーンという楽器をはじめました。その後、タイのマヒドン音楽大学に入学して、伝統音楽を学びました。
当時、大学には、ジャズ、ポップ、ロックなど様々な学部があってそちらが人気でした。
私は、伝統音楽の専攻だったので、「この消えてしまいそうな伝統音楽を生き残らせるためには、どうしたらいいのか」を常に考えていました。
――なるほど。
Ton:伝統音楽自体は、とてもニッチなジャンルなので、「ほかの音楽ジャンルとコラボレーションしていくことで、
何か新しい魅力が生まれるのではないか?その方が、伝統音楽も活かしていけるのではないか」と、そう思ったんです。
それで、その考えを形にしようと思い、ASIA7というフュージョン・バンドをつくりました。
メンバーも、ジャズやポップスなど色々な音楽ジャンルを学んだメンバーに声をかけて、一緒にスタートしました。
―Aoyさんも、そのASIA7のメンバーですね。
Aoy:そうです。私は、バンコクから南西に2時間かかる、ランチャプリーというところの生まれで、
Tonと同じマヒドン音楽大学に通っていました。
私はクラシックの声楽を専攻していましたが、Tonに誘われてASIA7のヴォーカルになりました。
私が入る前は7人でしたが、8人になってしまいました。(笑)
―「ASIA7」なので7人と思っていましたが、8人組なんですね(笑)
ところで、皆さんはいつ、どこで知り合ったのですか?
良平:話せば長くなるのですが(苦笑)。僕は今回出演する弟の公平と、鳴り物師・HIDEさんと一緒に「AUN&HIDE」という和楽器ユニットでも活動をしておりまして。
そのユニットが、2011年に文化庁の文化交流史に任命されて、約1か月タイに派遣されたんです。
そのとき、36日間で29回の演奏を各地で行いました。
そのプログラムの一環として、マヒドン音楽大学でワークショップをすることになったんです。
日本の楽器の紹介や演奏などをしたんですが、最後に当時学生だったTonさんが返礼演奏をしてくれたんです。
それを聞いて、僕たちは「これは、めっちゃおもろいぞ!」ってなって、その場ですぐ即興セッションが始まったんです。
―即興で伝統楽器同士のセッションですか
良平:その時Tonさんは、ラナートというタイのマリンバみたいな楽器を演奏してました。 それで、大盛り上がりの中、ワークショップは無事に終わって、その時はお互い名前も聞かずに別れたんですが、 後日、SNSでつながることが出来たんです。そこから、お互いに連絡を取るようになって。 ある日Tonさんから「ASIA7というバンドを作ったよ」という話も、SNSで聞いていました。
―名前も知らない学生との音楽セッションが、初の出会いだったんですね。
良平:その後、僕たちはAUN&HIDEとして、2013年から、「ワンアジア・プロジェクト」 (以下:ワンアジア)という、和楽器とアジア各国の伝統楽器の演奏者が共演する音楽文化交流プロジェクトを立ち上げて、 ASEAN10カ国をまわりました。回を重ねるごとに、交流国がどんどん増えていって、 最終的には、アジア地域で活躍する30名以上の伝統楽器奏者が一堂に会して、シンガポールの大きなシアターで合同演奏をしたんです。 2016年のことです。
―30名以上の伝統楽器によるオーケストラ!それは見事でしたでしょうね。
良平:それがたまらなく良かったので、東京でも公演を行いました。 『題名のない音楽会』でも取り上げてくださって。 その時、Tonさんも、「メンバーに入りたい」と名乗りをあげてくれたんですが、 別のタイの方が決まっていたので、「ごめんね」ってお断りして。(笑) そんなことがあったので、いつかTonさんともコラボしたいと思っていたんです。
―そして、ついに「フューチャー・オブ・アジア」という企画が立ち上がった、と。

良平:そうなんです!思いがけず、民音さんから「タイとコラボレーションする企画に興味がないか」という打診があったんです。 その時、すぐにTonさんのことが頭に思い浮び、相談しました。 それで、Tonさんから「ASIA7」のヴォーカル、Aoyさんをその時に紹介してもらって。 彼女にデモ音源と歌詞をおくって吹き込んでもらったら、それが、またとてもスイングしてて。 スタッフからも、「とても良いね!」と言われ、そこからこの企画が走り出しました。
―しかし、そこから実現まで、足掛け5年にわたる苦難があったと伺いました。
良平:そうなんです。はじめは、2021年の「民音創立60周年企画」として進めていきたいというお話だったんですが、 世界的なパンデミックに見舞われてしまい、企画は中断に。 どうなることかと思いましたが、どうにかコロナも収まってきて頃に再び民音さんから、お声掛けを頂いて。スケジュールが決まった時は、うれしかったなぁ。 そういった経緯があったので、制作には全力をかけましたよ!「絶対に失敗できないコンサートだ!」って思い、悩み抜きましたね。
―コンサートのテーマは、「平和」だと伺いました。
良平:「ワンアジア」というプロジェクトを成功させた時、 「もしかしたら僕たちは、いま平和の作り方を学んでいるんじゃないか」とフッと思ったんです。 “音楽を通した平和の作り方”って、これまでの経験から学ばせてもらってきたので、 その集大成として形にしたかったのが、この「FUTURE OF ASIA」プロジェクトなんです。
2、タイの伝統音楽にかける思い
―タイの伝統音楽を聴く機会があまりない日本に皆様のために、いくつかTonさんに質問したいのですが、
今回、日本とタイの童謡メドレーを演奏されますが、この中の「Toey Klong」というタイの童謡は、どういった曲なのでしょうか?
Ton:これは、イサーン(タイの北東部)のメロディーで、この地域のダンス音楽のような曲です。
「Klong」とは、タイとラオスの間を流れるメコン川のことです。
―なるほど。Tonさんは、タイの伝統楽器であるピンと、ケーンという楽器を使われますね。
Ton:僕が使用するピンは特別にカスタムメイドしたものです。
私は、キーをよく変えて演奏するので、カポを使ったりしています。
また、新しい音を作るために、ペダルも使って、ロックやメタルのような音色を出せるようにしたんです。
▲Tonさんが演奏している楽器がピン
―いま母校で音楽の先生もしているそうですね。タイの伝統音楽を教えたり、演奏する際に意識していることはありますか?
Ton:はい。マヒドン音楽大学でタイ伝統音楽とポピュラー・ミュージックを教えています。ほかにもアーティストとして創作過程を教えたりしてます。
私自身、アーティストとして意識しているコンセプトが2つあります。ひとつ目は「いまある音楽・演奏に固執しない。常にオープンでいる」ということです。
今回、共演する日本の伝統音楽もそうですが、他にもインド、アフリカ、アイルランドなど世界各地の様々な音楽と共演・展開できればいいなぁ、と考えています。
ふたつ目は、「伝統音楽には必ずルーツがある。そのルーツを決して破壊すようなマネはしない」ということです。
新しい音楽を追求したり、共演する際には、自分の音楽を破壊することなく、発展させていく、ということを大事に意識しています。
自らのアイデンティティを大事にすることで、他の国の人々と音楽を通じてつながりを築いていきたいと思いますし、
聞いていただいた方には、「この音楽のルーツって何なんだろう」って関心をもっていただけることを目指しています。
―素晴らしいお考えですね。Aoyさんは、クラシックの声楽を学ばれていたと伺いましたが、伝統音楽との共演するときに何か違いはありますか?
Aoy:発声方法は同じですね。クラシックの技術も応用出来てると思います。
私は伝統音楽もロックも、子供の頃から、よく歌っていたので、もしかしたら微調整しやすいのかもしれません。
3、今回のプロジェクトについて
―今回このプロジェクトメンバー同士で、はじめて一緒に演奏したときのことを教えてください。
Aoy:「どんな困難も、情熱をもって心を合わせて挑戦すれば、必ず成功する!」ということを実感しました。
最初のリハーサルの時から「これはうまくいくかも」という気持ちが自分の中で芽生えましたし、
2回目のリハから、良平さんが「これはいい!」とおっしゃってくれたのが、すごく印象に残っています。
―お互いの音楽を聴いて感じることはありましたか?
Ton:音楽は、普遍的な言語だなと改めて感じました。タイ語もなければ、日本語もなく、ただメロディーがあって、フィーリングがあって、という。
AUN&HIDEさんと演奏するにあたって、彼らが演奏する日本の伝統楽器のエッセンスを取り込んでみたいと思い、よく観察して、真似をしてみました。
真似をしながら、自分の中で意識して、発展させていく。そうすることで、だんだんとセッションのような形になっていき、スイングしていきました。
“真似をして取り込みたい”という欲求は、言い換えれば“相手のことを知りたい”と言うことだと思います。お互いがリスペクトし、
お互いの演奏を「ありがたい!」って思いながら演奏できたことは、「新しいことを学ばせていただいた」と感謝しています。本番の直前、全員で演奏したときは、本当に素晴らしくて、信じられない!という思いでした。
―最後に、これからコンサートを聴く皆さんに一言お願いします。
良平:僕が言うのも変ですが、自分が想像していた以上に、良いコンサートに仕上がったと思っています。
僕の今までの人生の経験をすべてこのステージに詰め込めたかな、と。この新しい音楽が、アジアの未来を垣間見せてくれるんじゃないかと思ってます。
Ton:とても良い時間を過ごさせていただき、本当に感謝しています。
ミュージシャンはもちろんのこと、スタッフの方、観客の皆さま、関わる全ての人たちが同じ気持ちで挑んでいるような気がしています。
ここを出発点として、いずれは日本とタイだけではなく、全世界を巻き込むようなプロジェクトにしていけるんじゃないかと期待しています。
Aoy:私も毎回、新鮮な気持ちで臨ませて頂いてます。日本とタイの友情についても、ひとこと言いたいんですが、
初めてお会いした日から、皆さんの友好関係がとても素晴らしいな、と感じています。
このプロジェクトからインスピレーションを得て、どうやって自分の音楽を発展させて、より良い世界を導いていけるのか、
ということを考えさせられました。皆さん、是非この感動を味わいにきてください!
―どうもありがとうございました。次回のステージも期待しています!