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「マイクの前に立つと、ぼくは木星にでもいったような気分になるんだよ」

 アート・ガーファンクルはいみじくもそう言った。かつて「天使の歌声」といわれた彼の歌声は、どこか天空から聞こえてくるような不思議な浮遊感があった。彼は1960年代半ば、サイモン&ガーファンクル時代から抜群の歌唱力と純粋で美しい歌声で、多くのヒットを飛ばしてきた。中でも「スカボロー・フェア」「明日に架ける橋」などは、もちろん作品の素晴らしさが決め手ではあるが、アートの歌声なくしては、あれだけの大ヒットにはならなかったかもしれない。デュオを解いてからも、ポール・サイモンは「明日に架ける橋」を自分の不朽の名作であるにもかかわらず、長い間歌わなかった。アートの朗々たる美しい歌声のイメージがあまりにも強かったからだ。
 ソロになってからのアート・ガーファンクルは、サイモンの手を離れ、好きなソングライター作品や彼の魅力を最もよく発揮するポピュラー曲のみを歌っている。完璧主義者でもある彼は、まず曲選びに慎重を期す。ロマンティックなメロディーの流れの美しい、適度のセンチメントを持った曲を歌っている。ジム・ウェッブ、スティーブン・ビショップあたりはことにお気に入りのソングライターだ。彼の歌声には耽美主義的な陶酔感が溢れていて、聞いていると現実がでこかへすっと遠のいてしまう。
 「ハート・イン・ニューヨーク」ほかのソロ・ヒットも歌うだろうが、サイモン&ガーファンクル時代のヒット曲がレパートリーの半分くらいを占めていると思われる。しかし昔の彼は、サイモンの時代性と一緒になって、現実と密着した魅力も持ち合わせていたが、ソロとなってからは、むしろ時代を感じさせないところに魅力があるように思う。フォークというより、ビング・クロスビー、若い日のシナトラ等の伝統を受け継ぐ、貴重なポピュラー・ヴォーカリストとしてとらえたほうが順当なのではないだろうか。
 アートも50代になった。当然20代の声とは違うし、歌い方も違う。「明日に架ける橋」も以前とは表現が異なる。が、彼のロマンティシズムとデリカシーは変わらない。そこに耳を傾けよう。私たちを魅了する力は、やっぱりアートのものなのだ。その秘密はと聞くと、「レス・イズ・モア」(音が少ないほど効果が大きい)と答えた。また「ぼくは正直でいたい。そして日常の緊張や雑音を振り払って、マイクの周りに自分だけの世界を作ろうとするんだよ」とも言う。後者はレコーディングに際しての言葉だが、コンサートの場合も、彼の周辺は彼だけの世界がたちこめているはずだ。その中に私たちもすっぽり入ってしまいたい。懐かしくも新しいアートに、魅了されたいと思う。

鈴木道子(音楽評論家)

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