ノイマイヤーの作品を語るうえで欠くことのできないものが、音楽そのものを視覚化するシンフォニック・バレエである。その極致ともいうべき大作が、ハンス・ツェンダー/シューベルトの「冬の旅」に振り付けしたこの作品である。シューベルトのさすらいの旋律を現代に描写する“シンフォニック・バレエ”の極致。不安、喪失、自己の亡命、そして平和な瞑想。その情緒的現実を音楽にのせて鋭く描く。ハンブルク・バレエ学校に入学し、現在、バレエ団のソリストとして活躍する日本人・服部有吉がノイマイヤーの期待に応え、みごとな表現力を発揮し、大きく成長した姿を見せる。

ハンス・ツェンダーについて

ハンス・ツェンダーは、1936年ウィースバーデンに生まれた。ピアノ、指揮法、作曲法を学んだ後、フライブルクで指揮者として最初の劇場経験を踏んだ。その後ボンとキールなどで指導的な地位につき、1984年から1987年までハンブルクのハンブルク州立オペラで音楽監督を務めた。また、1987年から1990年までは、オランダ放送室内管弦楽団の首席指揮者を務めた。さらに1988年以降は、フランクフルトとマインにおいて音楽及び解釈芸術州立アカデミーで教授として作曲の指導にあたっているほか、国内外での指揮者としての客演はザルツブルク音楽祭、バイロイト音楽祭、ウィーン現代音楽祭、オランダ音楽祭、ワルシャワの秋音楽祭、ベルリン音楽祭、その他多数のラジオ・テレビ放送への出演やレコーディングにより、国際的名声を博している。代表作品は、オペラ「ステファン・クライマックス」(1979/84)、「ラ・マンチャのドン・キホーテ」(1989/91)、「シル・ハシリム―雅歌」(1992/1996)、「シューマン・ファンタジー」(1997)。

「冬の旅」編曲についての覚書

音符の発明以来、音楽は作曲家が記す楽譜と演奏者が表現する実際の音の二つに分けられてきた。私は半生をかけて、できるだけ原曲に忠実な演奏を提供しようとこころがけてきたが――とりわけ深く愛するシューベルトの作品では――結局、原曲に忠実な解釈というものは存在しないと認めざるを得なくなった。楽器、コンサートホールなど多くの要素が変化したという現実を別にしても、そもそも楽譜に記されている各々の音符は、基本的に行為を促しているのであり、音を明示的に描写したものではないことを理解すべきである。生き生きとした刺激のある演奏が生み出されるためには、演奏者の創造的な努力、気質、知性、そして自身の時代の美学によって形成された感性が必要とされる。

それは歪曲なのだろうか? 私は創造的変換と呼ぶ。音楽作品は、舞台作品と同様、偉大な演奏や演技によって新たな命を吹き込まれるのである。

「冬の旅」は、ヨーロッパが生んだ偉大な傑作であり、私たちの音楽的伝統の象徴である作品だ。これをただ、タキシード姿の男性二名とスタンウェイのピアノ、そして、たいていは大型のコンサートホールという具合に、しきたり通りに演奏したところで事足りるのだろうか?歴史的なオリジナルに近い音による演奏を高く評価する人は多い・・・。それはそれでよいのだが、歴史的に忠実な楽器で演奏しさえすれば作曲された時代の精神がよみがえるという幻想に陥ってはならない。私たちの音楽鑑賞の仕方は大きく変化してきたし、私たちの意識もシューベルト以降に作られた音楽に大きく影響されているのだ。「歴史的に正確な」演奏は、私たちが馴染み親しんでいる演奏とはかけ離れたものとして評価されていることが多い。

「冬の旅」に対する私の解釈は、新たな表現上の意味を追求したものではない。むしろ、すべての演奏家が本能的に行っている自由な行動を生かしたものだ。テンポを遅くしたり速くしたり、移調したり、特徴や彩り豊かなニュアンスをはっきりさせたりする。それを超えたものが音楽を「読み取る」可能性だ。つまり、楽譜の中のあちらこちらに光を当ててみたり、特定のフレーズを繰り返したり、連続性を中断したり、同じパッセージの異なる解釈を比較したり・・・ということだ。私の編曲では、こうした可能性はすべて作曲の秩序のもとでなされているため、シューベルトの原曲の上に独自の形式的なパッセージの層が積み重ねられていくのである。

歌詞と音楽の魅惑的な統一性は、とりわけ後期の歌集に顕著な特徴だが、それを実現するために、シューベルトは歌曲を作曲する際に音の「暗号」を用いている。彼はそれぞれの歌詞の「キーワード」を、音楽の芽とでもいうべきものと符号させた。その芽から歌全体が発展するのである。私の作品の構造的な変換は、すべてこうした芽から生まれたものだが、シューベルトの原形を超えて発展してきた。シューベルトの後期作品は、様式という面では、音楽の「種」が含まれており、原曲から何十年かの時を経て、ブルックナー、ヴォルフ、マーラーの作品中に姿を現している。まるで「冬の旅」の数多くのパッセージは、今世紀の表現主義の前兆となるものであったと言いたいような誘惑にかられる。私の「冬の旅」は、シューベルトの先見性を形にしようとした試みである。

「冬の旅」の作曲中、シューベルトはほとんど友人たちの間に現れず、ひどく不安定な状態に陥っているように見えたという。初演は、歓喜よりも衝撃を引き起こしたにちがいない。私たちがクラシック音楽を受け入れるときに持つ、特有の美学的期待(これがあるため、「冬の旅」の初演が引き起こしたような「衝撃」を体験することは今日ではほとんど不可能になっている)を打破し、最初の衝撃、つまりシューベルトの原曲の実存的な力をよみがえらせることは、はたして可能なのだろうか?

ハンス・ツェンダー


「9・11」の衝撃が生じるずっと以前から、「冬の旅」2001年12月のワールドプレミアは予定されていました。この大惨事により感情は混乱し、私達の生活を様変わりさせました。そしてそれはシューベルトの音楽に新しい緊急という意味を与えたのです。この連作歌曲集は、現在私たちが強く感じている不安、信頼の喪失、緊迫感をあらわしています。病気であることを知っていて、単に症状を感じたり、観察することはできても、最終的な診断がどの程度深刻なものであるのか、病気がどれ程続くのかが分からないような心境です。「冬の旅」は極端な亡命の形、奇妙で親しみのある世界からの自己の亡命を表現しています。

ハンス・ツェンダーにとってもそうであったように、「冬の旅」を今日の私たちに可能な限り近づけることが私の当初からの目的でした。そのため、デザイナーのヤニス・ココスと討議していた最初の案、画家カスパル・ダーヴィット・フリードリヒのインスピレーションに従うということは結果的には間違っているように思われました。この芸術家、現代のシューベルトは自然の大変美しく魅惑的なイメージを使い、絵を描いた人々の平和な瞑想を反映しています。カスパル・ダーヴィット・フリードリヒのインスピレーションを使用することが当たり前のように思える一方で、他方ではその作曲の時代、つまり音楽のビーダーマイヤー的側面ばかりを強調することになったと思われたのです。私にとって、シューベルトの連作歌曲集は今日の音楽なのです。

シューベルト・ツェンダーが示唆する現代のイメージを探していた時、ヤニス・ココスと私はクリスチャン・ボルタンスキーというもう一人の芸術家を見つけました。ボルタンスキーの抽象的とも思われるイラストは、忘れられた人間性の暖かさを非常に現代的に表現しています。並べられた箱の数々、一連の写真はそれらが象徴している人々の欠如を記しています。私たちのダンサーの子供時代または彼らの両親のポートレートを背景にすることで、「冬の旅」の詩で重要な「家」のイメージを定義しています。

私にとって、「冬の旅」の中心的なキャラクターは一人のダンサーではありません。今日、放浪者のイメージはさまざまです― 例えば洗練された都会的な女性、現代のジェームス・ディーン、故郷のないヒッピー、または眼鏡をかけた小さな日本人の男の子などです。

音楽は振り付けによって与えられる視覚的イメージを決定づけます。大抵の場合、ある特定の音楽から何をイメージして振リ付けるかではなく私が動き出すときに音楽が何を語っているのかが問題なのです。シューベルト・ツェンダーの「冬の旅」は、即座に動きの認識ができ、飾り気がなくシンプルで、はっきりとした動きを要求しています。

振り付けでは、完成されたビジョン、つまり動きの世界の創造が最も大切です。バレエを始める前に計画を立てることへの興味は、私の中で段々と薄れています。私にとって、振り付けは冒険であるべきなのです。特に、エピソードから成る「冬の旅」のような作品では、私自身がその状況に直面したいと考えています。例えば、黒いトレンチコートを着て傘をさしたミステリアスで夢見がちな男が、ぶかぶかのプルオーバーを着て眼鏡をかけた小さな日本人の男の子に出会ったら何が起こるでしょうか。この単純でかつ人間に起こりうるシチュエーションに存在する、ドラマティックな可能性を吟味することによってその情緒的現実を追うことこそが、私にとって本当に面白い冒険の一面なのです。

ジョン・ノイマイヤー