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History of MIN-ON

VOL.06 民音・クラシック音楽50年の歴史

最高の音楽を民衆の手に

青澤唯夫氏 特別寄稿

民音の招聘で初来日した「ミラノ・スカラ座」「ウィーン国立歌劇場」をはじめ、民音クラシックの歴史を音楽評論家の青澤唯夫氏に綴っていただきました。

2英国ロイヤル・バレエ団

私が子供のころには、世の中で「人生わずか50年」などと本気で語られていた。それでもモーツァルトやシューベルトや、ショパンの生涯よりもずっと長いのだし、その限られた歳月のなかでも、優れた作品を生み出す人たちがいて、その作品は時代や地域を超えて、私たちに語りかけるものがある。

民音のクラシック音楽の歴史は、その50年にも及び、私たちに多くの感動を呼び起こしてくれた。今回取り上げる英国の「ロイヤル・バレエ団」は、「世界バレエ・シリーズ」として1975年4月に来日し、大評判となった公演である。

「眠れる森の美女」
1975.4.28(月)東京文化会館
「眠れる森の美女」
1975.4.28(月)東京文化会館

「世界バレエ・シリーズ」は、1966年9月11日に、東京文化会館での「ノボシビルスク・バレエ団」の『白鳥の湖』でスタートした。日本で世界一流のバレエを鑑賞できるチャンスはまだ決して多くなく、観られるのは僥倖とも言えるような時代であった。『白鳥の湖』のほか、『海賊』、『石の花』、それに「バレエ・コンサート」の公演もあって、私も大きな感銘を受けたが、人びとの熱狂ぶりは熱烈な拍手や、何度も何度も繰り返されるカーテンコールが雄弁に物語っていた。

「ノボシビルスク・バレエ団」の特別な魅力は、踊り手が上手なほかに若々しく溌剌とした、ダイナミックな力動感にあると私には思われた。そこには生命力に満ちた、充実した時間があった。全国で27回開催されたが、多くの人びとにとって本格的なロシア・バレエの真髄を体験できる貴重な機会となったにちがいない。

「リーズの結婚」
1975.4.30(水)東京文化会館

そのあとも、1967年5月に鬼才モーリス・ベジャールが率いるベルギーの「20世紀バレエ団」、1968年9月に「アメリカン・バレエ・シアター」、1971年7月に「アフリカ・バレエ団/ギニア共和国の国立ジョリバ・バレエ団」、1972年3月に「パリ・オペラ座バレエ」の来日と続いた。パリ・オペラ座バレエ団は名花ノエラ・ポントワなどのほか、パーカッション奏者シルヴィオ・ガルダの超絶的な名技も大きな話題となったものである。シリーズの6回目が1973年9月の「シュトゥットガルト・バレエ」。どれもがそれぞれに唯一無二の特色をもった世界第一級のバレエ公演で、その魅力を存分に堪能させてくれ、私たちに世界のバレエ界の潮流や、バレエ芸術への新たな目を開かせてくれるものであった。

「世界バレエ・シリーズ」の第7回が英国の「ロイヤル・バレエ団」公演。ロイヤル・バレエ団は1961年の来日が最初で、1975年はたしかエリザベス女王のご訪日を記念しての公演であった。『眠れる森の美女』、『リーズの結婚』(ラ・フィーユ・マル・ガルデ)と『バレエ・コンサート』(ザ・ドリーム、バヤデルカ、コンチェルト)の3演目で、東京、大阪、京都など各都市をめぐって約1カ月。どれほど多くの人びとが感嘆したことだろう。私が観たのは『眠れる森の美女』で、ロイヤル・バレエ創立以来の歴史と実績が集約されたお得意演目のひとつでもあり、演劇の盛んな国のバレエ団ならではの舞踊と同時に演技にも秀でたステージが出色であった。

「リーズの結婚」
1975.4.30(水)東京文化会館
「バヤデルカ」1975.5.2(金)東京文化会館

「バレエ・リュス」の舞姫ニネット・ド・ヴァロアによって創設され、サドラーズ・ウェルズ・シアターのバレエ団としてマーゴ・フォンティーン、モイラ・シアラーといった名高いバレリーナたちの大活躍によって世界中に声価を高め、1956年に王室勅許で「ロイヤル・バレエ団」となった世界屈指の気品あふれるバレエ団である。宮廷バレエの流れを汲むフランスのバレエ団や帝室舞踊学校以来の輝かしい伝統を誇るロシアのバレエ団とはひと味ちがう魅力を備えていて、踊り手の個性やお国柄が育んだであろう独特の光輝を放っている。

「バヤデルカ」1975.5.2(金)東京文化会館

近年は,世界のバレエ団で活躍する日本人も少なくないが、もともと私たちの国はバレエの主流国である欧米諸国から遠く離れている事情もあって、1960年代、70年代には海外の一流バレエ団のステージを体験できるのは夢のような出来事であった。映画やテレビ、映像メディアで外国のバレエを観る機会もあるにはあったが、自分の見たい部分に目を凝らしたり、踊り手の息づかいまで伝わってくるような優れた舞台に接する魅惑はやはり格別なものであった。

「世界バレエ・シリーズ」に限らないが、世界の圧倒的な舞台芸術を目のあたりにできる公演を実現するためにどれほどの苦労があったか知れないが、それは「民衆の胸を打つ」「世界を音楽文化で結ぶ」という高邁な理念を具現したものであったと言えるだろう。