HOME > おすすめコンテンツ > History of MIN-ON > Vol.03 「民音音楽博物館」の歴史 ~「民音音楽資料館」の発足から~

History of MIN-ON

VOL.03 「民音音楽博物館」の歴史
~「民音音楽資料館」の発足から~

民衆のための音楽を目指して

スペシャルてい談

民音設立10周年を機に設立された民音音楽博物館。設立の経緯から現在に至るまで、さらに未来への展望を、国立音楽大学名誉教授である海老澤敏氏をゲストに迎え、当博物館館長と館長代行と共に伺いました。

4古典ピアノの保存

――― 16世紀から19世紀の時代に活躍した名器といわれる古典ピアノが、展示されているだけでなく、演奏もされていますね。常に、音が一定に出せるようにするための維持は、どのようにされているのですか?

97年信濃町に移転した「民音文化センター」

小林:実際、ベートーヴェンやモーツァルトが弾いたと言われる古典ピアノを収蔵したあとが大変でした。きちんと調律し、本来の美しい音色を奏でられるよう、維持・管理し、貴重な資料として保存していくというのは、一番神経を使います。

上妻:97年に信濃町に転居してきて最初の一年目に、古いピアノたちが突然、暴れだしました。ピアノの響板が割れたり、弦が切れたり・・・。もともと、16世紀から19世紀頃に活躍したピアノですから、楽器本来の作りが複雑で、専属の調律師がついて、メンテナンスをしているんです。北新宿時代は、月に2、3回だった調律のメンテナンスを、信濃町に移転してからは、週に1、2回の頻度で行うようになりました。

温度と湿度の変化が激しかったことや建物のすぐ目の前が道路で、日中人が出入りする、そういった環境下で、部屋の空気がものすごく動いていたんですね。部屋の上の空気と下の空気と鍵盤の部分の空気とが、かなり激しく移動して、ピアノの響板に影響を与えていたことがわかったんです。最初、そのことに全く気がつかず、ただ単に、温度と湿度を管理すれば良いのかなと。結局、試行錯誤の末に、最終的には、ピアノの部屋だけ、温湿度をコンピュータ制御にすることにしたんです。

ところが、最初の1,2年ぐらいは落ち着いていたんですが、また暴れはじめまして。今度は、何が原因なのかが、分からなかったんですけれど、色々と調べてみて、はじめて、空気が滞留していることがわかりました。その動きが、実は、微妙にピアノに影響を与えていたんですね。そこで、今度は、加湿器を増やしてみるなどして工夫をしながら、今に至っています。それが、いまだに一番の悩みで、苦労しているところでもあります。

小林:オリジナルの古い歴史的な楽器を集めるという部分では、環境を整えることがとても大事なんだと実感します。やはり、ヨーロッパと日本の気候の違いもありますしね。

海老澤:向こうは、一定していますでしょう。日本は、どう注意したらよいか、わからない感じですよね。

小林:わりとむこうの博物館の方に聞くと、そんなに気を遣ってないよと(笑)。

海老澤:向こうは、あまり遣わないです。気を遣わないでも大丈夫(笑)。

小林:環境が日本と違うのかな・・・と。ただ、ここ1,2年なのですが、ドイツのピアノメーカーの方が、少し温暖化の影響が出てきましたと言っていました。

海老澤:これだけ天候不順でしょう。向こうでも影響ないわけないですよね。

上妻:世界もそうなってきたのかなと。実は、当館のアントン・ワルターは、所蔵している楽器の中で、ものすごく神経質で、一番神経を使うんですね。先生は、しょっちゅう、ウィーンに行かれているので、何か参考になることはございますか?

海老澤:ないですけれどね。この間も、ザルツブルクで会議がありまして、会議のときも、平気でモーツァルト時代のフォルテピアノを使っていますからね。もう、全然向こうでは、気にしないですね。

上妻:そうですか。楽器本来の構造を変えないまま、恒久的に音を鳴らし続けられるように維持するというのは、やっぱり、一番の課題で、今も試行錯誤しているところです。

97年信濃町に移転した「民音文化センター」

――― 古典ピアノの中でも、アントン・ワルターやコンラート・グラーフは、世界でも現存するものが数少なく、更に、公開展示され、実際、演奏しているものというのは、非常に珍しいと聞いたことがありますが・・。

「アントン・ワルター」

海老澤:アントン・ワルターについては、世界で22台あると。
10年ぐらい前ですかね。モーツァルテウムが出しているモーツァルテウム報告という定期刊行物がありまして、その中で扱われたのが、モーツァルテウムのアントン・ワルターとハイドンのエステルハージー侯の宮殿アイゼンシュタットにあるアントン・ワルターの研究だったんですね。モーツァルトとハイドンのアントン・ワルターを比較、研究している。もちろん、両方とも、今でも使えます。それと、もうひとつ。これは、ハイドンが実際に使ったどうかはわかりませんが、ハイドンの生家、今は記念館になっていますけど、そこにも、アントン・ワルターが1台置いてあって、こちらも今でも使われているようです。

小林:そうですか。アントン・ワルターについては、アンガミューラー教授が、2000年に上梓した本で「現存するものが、世界で22台ある」としていたようですね。

上妻:実際、当館のものは入っていなかったんですよ。それで、メールがきたんです。「民音のは、本物か?」と(笑)。それで、エンブレムのコピーを送ったところ、その年の暮れに、実際にわざわざ確認にこちらに来られたんです。

小林:幻の23台目になりました(笑)。日本で唯一のオリジナルのアントン・ワルターだと。

「アントン・ワルター」
「コンラート・グラーフ」

海老澤:それから、コンラート・グラーフですが、国立にも1台あるんですけど、これは、ポストモーツァルト時代のピアノで、多分、ハイドンも弾いたろうし、ベートーヴェンも愛用したということもあったようです。そういう意味で、とても歴史的なピアノで、貴重なものですね。ただ、国立のは、演奏されていないです。

上妻:そうですね。5本ペダルのコンラート・グラーフは、世界的にみても、ほとんどないですね。世界的な文化遺産です。日本でも、実際に演奏しているコンラート・グラーフというと、当館の1台しかないようです。

「コンラート・グラーフ」