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History of MIN-ON.

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Vol.6 民音・クラシック音楽50年の歴史 青澤唯夫氏 特別寄稿

  • 1.民音創立10周年記念「ミュンヘン・オペラ(バイエルン国立歌劇場)」
  • 2.英国ロイヤル・バレエ団
  • 3.モーリス・ベジャール/ベルギー国立20世紀バレエ団
  • 4.カール・ベームとウィーン国立歌劇場
  • 5.ミラノ・スカラ座
  • 6.ハンブルク・バレエ
  • 7.英国ロイヤル・オペラ
  • 8.民音が招いた名指揮者たち

英国ロイヤル・オペラ

民音の招聘による英国ロイヤル・オペラ(コヴェント・ガーデン王立歌劇場)の来日公演が実現したのは、1986年9月のことであった。演目は『トゥーランドット』、『カルメン』、『サムソンとデリラ』、それに『コシ・ファン・トゥッテ』で、全体のバランスやアンサンブルが出色だったのが深く心に残っている。

ロイヤル・オペラに私が初めて強い感銘を受けたのは、1979年10月に音楽監督のコリン・デイヴィスに率いられて初来日した折で、『トスカ』(演出ゼッフィレルリ)、『魔笛』(演出エヴァーディング)、特に英国オペラの代表的傑作『ピーター・グライムズ』であった。このオペラを熟知したサー・コリンの緊密で圧倒的な指揮、主役ジョン・ヴィッカーズの名唱・名演技、イギリスを代表するイライジャ・モシンスキーによる傑出した演出。すべてに無駄がなく、必然性があって、それらがオペラという総合芸術に類稀な説得力をもたらしていた。第2次大戦直後に発表された作品なのに、集団と個人の対立から生まれた悲劇が30余年を経てもリアリティを失っていなかった。

1986年の来日公演は、指揮者がジャック・デラコート、マルク・エルムレル、ガブリエーレ・フェッロで、いずれも超一流でなかったせいもあるのか、指揮者ひとりがオペラを牽引するのではなく、チームワークとアンサンブルのよさが特徴だったと言えるだろう。そのなかで、『コシ・ファン・トゥッテ』を指揮したフェッロが、歌とオーケストラをテンポや響き、音量ともに巧みにコントロールして見事であった。モーツァルトの音楽がもつ躍動感にあふれ、人間心理や感情表現も的確で、ロイヤル・オペラの底力を堪能させてくれた。

トゥーランドット
「トゥーランドット」
1986.9.21(日)NHKホール
カルメン
「カルメン」
1986.9.22(月)東京文化会館

『トゥーランドット』の舞台(NHKホール)は、壮大で虚仮威し的なグランド・オペラ・スタイルではなく、歌い手やオーケストラから装置、衣裳にいたるまで、総合的なアンサンブルに秀でた、近代的メルヘンとも言うべき緻密なドラマに仕上げられていた。しかもそこには、愛と死、勇気といった人間の本質的なテーマが描き出されている。

その功績は、演出のアンドレイ・シェルバンにあったろう。巨大な月、仮面など、強く目を惹く仕掛けを次から次へと繰り出して、緊張感と集中力を途切らせない。歌い手はさほど強力でなく、オリビア・スタップのトゥーランドット姫はオペラ全体を支配できるほどの磁力は持たず、フランコ・ボニゾルリのカラフ役も登場人物の一員に過ぎなかった。だから個々の力ではなく、いわば〈全員野球〉の精神がもたらした成果と言えるだろう。

『カルメン』(東京文化会館)は、指揮も演出も際立つほどのものはなかったのに、アグネス・バルツァの〈カルメン〉とホセ・カレーラスの〈ドン・ホセ〉が素晴らしかったので、見応えのあるステージとなった。このオペラ、主役の2人がよくなければ話にならないが、適役の名歌手を揃えたのが成功の要因だろう。バルツァの声は絶好調ではなかったが、奔放な性格の情熱的な誘惑者を鮮やかに演じ、役柄に相応しい存在感があり、実に魅力的であった。カレーラスは切なさを湛えた美声、一本気な純朴さ、惚れた男のもつ弱さなど、声も演技も申し分ない出来であった。ジノ・キリコのエスカミーリョも自信満々の堂々たる歌いぶりで、役柄に適っていた。

サムソンとデリラ
「サムソンとデリラ」
1986.9.20(土)東京文化会館
コシ・ファン・トゥッテ
「コシ・ファン・トゥッテ」
1986.10.8(水)東京文化会館
コシ・ファン・トゥッテ
「コシ・ファン・トゥッテ」
1986.10.11(土)東京文化会館

『サムソンとデリラ』は、サムソン役のジョン・ヴィッカーズがあまり英雄的でない生身の人間らしい役づくりで、後悔に満ちた歌い方など、共感を呼ぶ力があった。神殿を揺り壊す場面を大スペクタクル仕立てにしなかったのも、神話というより人間のドラマとして描きたかったのだろう。その意図は充分に伝わってきた。

『コシ・ファン・トゥッテ』(東京文化会館)では、優れたモーツァルト歌いが勢揃い。キリ・テ・カナワは歌も容姿も美しく、生々しい情感を流麗でしかも精妙に歌い、アンネ・ゾフィー・フォン・オッターは伸びやかで優美な歌唱で魅惑する。老哲学者役のワルター・ベリーは声で演技することもできるし、芝居も達者。それぞれがモーツァルトの生き生きとした美しい音楽に乗って、役柄の秘める人間味や移り気を活写する。

オペラの名作はイタリア、ドイツ、オーストリア、フランス、ロシア、チェコ…、そして日本でも生まれている。オペラ先進国には伝統を誇るオペラ・ハウスがあり、世界のオペラ・ハウスは人生を考え、大いに楽しむ手段として市民たちに親しまれ、それぞれの国民性や性格、趣向、特色を保ちながら、お互いに競い、影響をあたえ合って、その伝統に相応しい独自の魅力を生み出している。

その名作オペラが、引越公演のような形で日本にやって来て、多様な魅力で私たちを感動させてくれる。それによって感性や思考が磨かれることも少なくないだろう。英国ロイヤル・オペラは、演劇の盛んな国らしい視覚的要素や演技を重視した舞台づくり、中庸を得た調和のとれたステージを満喫させてくれた。こうして、さまざまな人びとの献身的な努力によって、オペラが私たちみんなのものになってゆく。

青澤唯夫(音楽評論家)Tadao Aosawa
青澤唯夫(音楽評論家)Tadao Aosawa
音楽評論家。作曲、音楽理論を学び、ピアノ教師を経て評論活動に入る。1967年から新聞、雑誌、百科事典などに執筆。FM放送パーソナリティ、音楽賞選考委員、国際コンクール審査員、ミュージック・ペンクラブ・ジャパン会長などを歴任。日本ショパン協会理事、日本ベートーヴェンクライス理事、日本イザイ協会顧問、浜松国際ピアノコンクール運営委員。著書に『名ピアニストの世界』、『名指揮者との対話』(第17回ミュージック・ペンクラブ賞・最優秀著作出版物賞)、『ショパンを弾く』、『ショパン-その生涯』、『ショパン-その全作品』、『鳴らす力聴く力』など。

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