―――明治以降の日本では、学校教育の現場を見ても西洋音楽(クラシック)こそが一番優れているという見方があったように感じます。このシリーズで各国から一流の民族音楽を招聘してきたことによって、音楽に対する価値観への影響もあったのでしょうか?
残念ながら価値観を変えるところまではいっていないのではないかと思います。
例えば、アラビア音楽の旋法は「マカーム」、インド音楽では「ラーガ」といいます。楽器についても奏法やリズムなど西洋音楽とはまったく違うものです。
複雑で高度な音楽の数々をこのシルクロードシリーズを紹介することができましたが、それによって「好奇心」を湧き立てることには、大いに役立ったと思います。
更に民族音楽の素晴らしさを広めるには、西洋音楽と融合させることによって、つまりフュージョンがひとつの解決策だと思いますね。例えば、映画「戦場のメリークリスマス」で坂本龍一さんがインドネシアの音楽と西洋音楽を融合させた曲でアカデミー賞作曲賞にノミネートされましたが、こうしたフュージョンが若者と民族音楽を結びつけるために必要なんじゃないかと思います。
日本には音楽が氾濫しすぎています。電車の車内放送ですら音楽付きです(笑)。しかし、それらは全て西洋音楽の音階です。私は日本古来の邦楽を含め、西洋音楽以外の音楽に対してももっと関心が持たれてもいいんじゃないかと思いますね。
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| 1983年 第3回「胡旋舞の道」 |
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| 1987年 第5回「遥かなる草原とオアシスの道」 |
ところで民音のシルクロードシリーズが高い評価を受けたのは、単なる民族音楽の音楽会ではなく、妹尾河童さんなど優秀なスタッフの協力もあり、美術・照明などの面でも芸術的に非常にレベルの高いステージだったことも忘れてはならないでしょう。
そして、そんな芸術の場から友情の場が生まれてきました。
これまでシルクロードのある地域では、ヨーロッパ列強諸国の影響を受けながら国家、国境が成り立ってきました。アフガニスタンが一番わかりやすい例です。イギリスとロシアによって一本の線で国境が引かれた。つまり植民地支配などの影響で国境が決められたわけです。その後、ずっと紛争が続いています。同情を禁じえません。そのような列強諸国の作った国境によって分断されてきた民族が肩を組んで、フィナーレで日本の歌を合同演奏する演出を取り入れました。
民族楽器による日本の歌の演奏は相当な難しさはありましたが、前田憲男さんが編曲に挑戦して解決してくれました。また、日本の振付家による舞踊練習など、苦労を共にすることによって、次々に友情が芽生えてきた。私は「精神のシルクロード」も芽生えてきたことを実感しました。
―――シルクロード企画の今日的な意義をお聞かせ下さい。
21世紀になり、シルクロードシリーズの復活をしたいというお話が、民音からありました。第1回のテーマは「アレキサンダー大王」。
アレキサンダーは、ギリシャから中央アジア、そしてインドへと東征し、最初にシルクロードを踏破した歴史的なスーパースターと言って差し支えありません。
出場国の中で、ギリシャは自国の英雄ですから、大喜びでしたが、エジプトは、何故アレキサンダーをテーマにした舞台に出なくてはならないのかという思いがあったようです、征服された側ですから。ウズベキスタンにいたっては、論外という感じだったみたいですね(笑)。
だからこそ、演出家として出番がきたと、やる気が起こりました。そのために「精神のシルクロード」があるのだというわけで、公演の第二部は全て3カ国の合同演奏にしました。
アレキサンダーの様々な文献を調べていく中でわかったのですが、アレキサンダーは「全人類は同胞である」という見果てぬ夢を持っていた。
「紀元前3世紀の時代に、その見果てぬ夢を追ってインドまで進んだ」という民音創立者のアレキサンダーに関する論文に深い感銘を受けました。単なる征服者ではなく、「精神のシルクロード」の最初の旅人だったのです。
今回のステージで、アレキサンダーのこうした思い、見果てぬ夢を抱き続けることが人間、特に若者にとって大切であるというメッセージも込めたかった。その理由から、ミュージカル「ラ・マンチャの男」の主題曲「見果てぬ夢」を「青年アレキサンダー大王の道」の主題曲にしました。
こうしてギリシャだけでなく、エジプトもウズベキスタンもフィナーレで「見果てぬ夢」を歌っているうちにアレキサンダー大王が旅した「精神のシルクロード」を歩くようになっていました。
ですから、全公演が終わって帰国するときに、3カ国のメンバーは抱き合って泣きながら別れを惜しんだそうです。
民音「シルクロード音楽の旅」シリーズは、21世紀バージョンも「音楽による対話」を続けてゆきますから、若い方たちもどうか参加してください。
―――ありがとうございました。
「民音シルクロード音楽の旅」公演 年表
- 第1回
- 1979年
- 「遙かなる歌の道」イラク、インド、中国、日本
- 第2回
- 1981年
- 「遙かなる楽人たちの道」中国、イラク、パキスタン、ルーマニア
- 第3回
- 1983年
- 「胡旋舞の道」インド、中国、トルコ
- 第4回
- 1985年
- 「遙かなる平和の道」ウズベキスタン、中国、トルコ、日本
- 第5回
- 1987年
- 「遙かなる草原(ステップ)とオアシスの道」タジキスタン、中国、モンゴル
- 第6回
- 1989年
- 「遙かなる隊商(キャラバン)の道」イラン、アゼルバイジャン、中国
- 第7回
- 1991年
- 「地中海への道」カザフスタン、ギリシャ、エジプト
- 第8回
- 1993年
- 「遙かなる叙事詩(バラード)の道」韓国、中国、トルクメニスタン、ネパール
- 第9回
- 1995年
- 「遙かなる英雄の道」シリア、キルギスタン、パキスタン
- 第10回
- 1997年
- 「遙かなる未来(あす)への道」中国、ウズベキスタン、トルコ
- 2009年
- 「青年アレキサンダー大王の道」ギリシャ、エジプト、ウズベキスタン
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