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Concert Reviews

マルガリータ・ベンクトソン

北欧ジャズの楽しみ

鈴木 道子(ミュージック・ペンクラブ・ジャパン会長)

いつもながら、民音はいい仕事をしているなあと感心させられる。母国ではスーパースターであっても、名高いのは隣国だけだったり、必ずしも世界的な名声を博していないアーティストや実力ある若手などを積極的に日本に紹介して、音楽や民族芸能の範囲を広め、楽しませている。アフリカや中東、カリブ海の国々などの珍しいバンドを教えてくれたり、中国雑技団の楽しさなどは格別のものがあった。いまや民音の定番公演ともいうべきタンゴにしても、1950~60年代のラテン、タンゴ・ブームが去ってしまった後、今度は魅力いっぱいのダンサーたちを伴ってのステージで、改めてタンゴの面白さをアピールし、日本に定着させている。ほんとうに貴重な仕事を続けている。

かつての民音コンサートというと日本人歌手が多く、積極的な音楽ファンでなかった一般民衆に、人気タレントを通して生の音楽の魅力に目覚めさせる。そんな感が強かった。聴衆もあまり音楽界には慣れていない人も多く、スナックや酢昆布などを食べながら見ている聴衆も少なくなかったが、今は大半が音楽ファンになっている。それだけとっても、音楽愛好者の底辺を広める役割を立派に果たしているし、現在は世界的な視野をもって運営され、外国との友好関係にも、大いに貢献していると思う。

先日(12月2日)は中野サンプラザホールで、マルガリータ・ベンクトソンのステージを観せて頂いた。彼女は北欧のディーヴァ。スウェーデンを代表する女性ジャズ・ヴォーカリストだが、しっかりとした基礎、テクニックの持ち主で、実にさわやかなパフォーマンスだった。同行のトランペッター、ペーター・アスブルンドもヨーロッパでは著名なミュージシャン。情緒豊かなトランペットを聴かせたし、ピアノのマティアス・アルゴットソン、ベースのスヴァンテ・ソダークヴィスト、ドラムスのクリス・モンゴメリー、トロンボーンのディッケン・ヘドレニウスからなるバック・バンドも優れていた。

そもそもスウェーデンという国は、北欧のデンマーク、ノルウェイ、フィンランドなどと共に音楽的水準が高く、特にジャズが盛んで、映画にもなっている伝説的なモニカ・ゼタールンド、リサ・エクダールほか多くのジャズ・シンガーやE.S.Tはじめいいバンドを輩出しているし、いまや伝説の名ジャズ・プレイヤー、ジャコ・パストリアスが最も好きな音楽都市としてストックホルムを上げるなど、海外のジャズ・ミュージシャン達にも愛されている。またポピュラー・グループだがアバが世界的に有名なのは周知のことだろう。

そうした中で実力が高く評価され、スウェーデンのグラミー賞を受賞している5人組ヴォーカル・ユニット、ザ・リアル・グループの看板ヴォーカリストだったのがマルガリータ・ベンクトソンだ。彼女は幼少から音楽的な環境の中で育った。母は声楽の先生、父は王立オペラ座の首席フルート奏者。早くからピアノを習い、ストックホルムの学校ではコーラスを。ハープも習い始め、1984年、王立音楽アカデミーに入学する。そこで出会った仲間5人でヴォーカル・アンサンブルを結成したのが開運の始まりで、ザ・リアル・グループはめきめき頭角を現し、遂にスウェーデンを代表するヴォーカル・ユニットとなった。彼らの出したアルバムは、世界で延べ18枚に上る。そして2006年、ベンクトソンはソロ・シンガーとして独立。ソロ・デビュー・アルバム「アイム・オールド・ファッションド」は大ヒットとなり、日本でも紹介されて評判となった。

さて来日公演だが、まずこのタイトル曲から始まり、続く「枯れ葉」はじめ曲目は古くから馴染みのスタンダード・ナンバーを中心に、それらを懐古的ではなくすっきりと現代に蘇らせて美しい。「わが愛はここに」も好例だが、ボサノバ作品「ジェントル・レイン」のソフトでモダンな表現が美しかったし、日本語で曲の内容を説明して歌ったスウェーデン民謡「哀しみと歓び」や、同じく民謡「オルト・ウンデル・ヒームレンス・フェステ」の力演も印象的。「スターダスト」はイマイチとしても、歌い古されて手垢がついたようなヴィクター・ヤング作品「マイ・フーリッシュ・ハート」は、自嘲的な切ない恋心をデリカシーに富んだ表現で歌い秀逸だった。これはヴォーカルも巧みなピアニスト、マティアスとのデュエット。また器楽的なアドリブをすかっと聴かせた難曲「トゥイステッド」も実力を発揮して爽快だった。ペーターをフィーチャーした「ザ・ソング・イズ・ユー」(歌はまあまあ)をはじめ、随所で聴かれたトランペットもさすがで、人気者だけの巧みなプレイぶりでステージを盛り上げた。第2部の開幕曲「ジャズの歴史メドレー」で「聖者の行進」を、客席を練り歩いて演奏したり、最後は「シング・シング・シング&スウィングしなけりゃ意味がない」で会場も手拍子で参加し、賑やかに楽しいステージでジャズを満喫させた。